第122回 自己紹介革命

皆さんは、自己紹介に特化した仕事をされている方をご存知ですか。世の中にはすごい人がいるもので、横川裕之氏はなんと、自己紹介革命アドバイザーとして活躍されています。

まず、彼は初めて会う人に「自己紹介とは何を紹介するものだと思いますか?」と問います。その時に「自分を紹介するに決まっているじゃないか」と答えたら、アウトだそうです。

自己紹介のポイントは、自己紹介した後「自分に興味、関心を持ってもらえるか」「自分ともっと話がしたいと思ってもらえるか」の2点にあるそうです。もっと言うと、「自分と関わることで得られる聞き手の未来」を語ることだそうです。

例えば、名刺交換という一瞬の自己紹介の場合では、次のような感じです。
「口コミサイトで○○県NO.1の評価をいただいた、妊婦専門の整骨院を経営している△△と申します。」
確かにこのような名刺交換をすれば、「この人と関わると、妊娠中に腰の痛みで苦しんでいる○○さんの悩みが解決するかもしれない」と思ってもらえ、顧客獲得の幅が広がることでしょう。

また、複数の人の前で自己紹介する場合では、3文でまとめ、18秒程度で伝えるのが良いそうです。その3文は、次のような流れが良いそうです。
(1)自分が提供できる「未来」を語る
(2)これまでやってきた実績という「過去」を語る
(3)聞き手がすぐ行動を起こせる「現在」を語る

例えば、私の場合では次のような感じでしょうか。
「私は皆様に、簡単に本作りができるコツをお伝えすることができます。私は今まで、都麦出版というブランドで塾用教材を50冊以上つくってきました。もし御興味をお持ちの方は、この会合の後にお声を掛けて下さい」
この自己紹介の時間を計ると、約15秒でした。

今までは、「塾用教材を作っている鳥居といいます」程度でしたが、このような自己紹介にすると、注目の度合いが大きく変わるな、と感じました。

第121回 介護や看護での現場の言葉遣い

昨年、少し腰を痛めて入院したことがあります。その時、看護師さんには2タイプあることがわかり、少なからぬ違和感を抱きました。
まず、第一のタイプの看護師さんは、次のような口調で話します。
「鳥居さん、おはようございます。お加減はいかがですか。」
それに対して私が、
「とても調子がいいです。ありがとうございます。」
と答えると、
「それは良かったですね。」
と返します。

もう一つのタイプの看護師さんは、次のような口調です。
「鳥居さん、おはよう。調子はどう?」
それに対して私が
「とても調子がいいです。ありがとうございます。」
と答えると、
「それは良かったね。」
と返します。いかがでしょうか。この2つのタイプに対し、皆さんはどうお感じになられますか。

このような会話が、看護だけでなく、介護の現場でも起こっているようです。つまり、病人や利用者に対して、丁寧語ではなく、タメ口(友達口調の言葉)で話す看護師さんや介護の方がいるということです。タメ口を使う人は、「親しみやすいから」というのが理由のようです。しかし、例えば食堂に入って、その店でアルバイトしている高校生から、
「いらっしゃい。何食べるの?」
などと言われたら、どんな気分になるでしょうか。

私は、介護や看護の現場においては、ケアする人、ケアされる人が、それぞれ相手に敬意を持ち、丁寧語を使って会話することが大切だと思います。

第120回 これからの塾経営のポイント

私は先日、東京での塾の会合に出席した後、鹿児島に飛びました。そして翌日、鹿児島の塾の先生方を相手に、講演を行いました。話の内容は、最近の大手塾やフランチャイズ塾の動向や、塾経営を成功させる原理・原則などでした。

 塾を取りまく環境は大きく変化をしていますが、塾経営の原理・原則は不変です。表面的なことに流されず、その原理・原則を貫くとともに、時代の流れにうまく乗っていくことの大切さを感じます。

 例えば、OECDの学習到達度の15年調査(PISA)で、シンガポールが数学的リテラシー、読解力、科学的リテラシーの全てで第1位という結果があります。これについて、読売新聞の「読解力があぶない」というシリーズの最終回には、興味深いコメントがあります。シンガポールでは、「小学校で論理的思考や読み書きを訓練し、小中高校の卒業時に論述試験がある」そうです。また、「子どもが学ばざるを得ないシステムを国が作り上げている」そうです。

 日本では、そこまで徹底出来ていませんが、そのような傾向は今後強まると思っています。既に一部の塾では、その変化に対応すべく動き始めています。当社の『読解はかせ』に昨年以上の引き合いが来ているのも、その流れのようです。各塾の核となる指導方針を堅持しつつ、時代の流れをキャッチし、その流れにいかにうまく対応していくかが塾の盛衰を決めていくように感じます。

第119回 世界に誇れる明治の橋

東京には、隅田川などいろいろな川が流れており、そこに架かる橋も多くあります。それらは明治から昭和初期にかけて建設されました。そして、それには金井彦三郎氏の貢献が光っています。金井氏は大卒ではなく、給与も低かったそうですが、英字本などを頼りに独学で橋の設計に携わりました。1898年には、日本初のアーチ橋である浅草橋が完成しましたが、これも金井氏が独学で設計したものだそうです。また、金井氏は東京駅の基礎構造の設計にも携わりました。その仕事ぶりは素晴らしく、東京駅は関東大震災の時でも、ひび一つ入らなかったそうです。

金井氏に限らず、当時の技術者たちの橋にかける情熱と先見性の高さには、目を見張るものがあります。例えば、関東大震災の復興で架けられた永代橋や清洲橋は、90年後となる1980年の設計基準を上回る強度で建設されているそうです。更に、これらの橋は将来の自動車社会の到来を見越し、現在の橋の約2倍の重さにも耐えられるような構造になっているそうです。

当時の物資の運搬には、専ら大八車などが使われていたことを考えると、その先見性はあっぱれという他はありません。
このような事実を知ると、昔の技術者の心意気を感じることができ、私はとても感動しました。

第118回 新・四畳半暮らし

みなさんは四畳半暮らしと聞くと、どんなことを連想するでしょうか。私は、学生時代の若者の貧乏な四畳半暮らしを思い浮かべます。ところが今、「新・四畳半暮らし」は、都会に住む若者の新しいライフスタイルだと聞いてとても驚きました。

都会の四畳半程度の部屋とは、どこにあり、どんなものだと思うでしょうか?その立地は、例えば“早稲田駅から徒歩7分”といったように駅から近く、職場と住まいが近距離にあり、家賃は月5~6万程度なのです。そして、その四畳半程度の部屋の間取りは次のようになっているそうです。

(1)洗面台と流し台を兼ねたシンク
(2)その下にはめ込まれたドラム式洗濯機
(3)その隣にむき出しのまま設置されたトイレ
(4)風呂には浴槽がなくシャワーのみ
(5)あとはベッドが置けるだけのスペース

私は、このような部屋で若者が生活するということにとても驚きました。机も本棚もなく、趣味の道具を置けるスペースもないようなところで毎日を過ごす生活なんて、私には信じられないからです。

では一体、若者はどんな生活をしているのでしょうか。どうやら今の若者にとっては、スマホさえあれば何でも事足りるようです。テレビも見られるし、色々な情報も引き出せます。冷蔵庫がなくても、近くにコンビニさえあれば困りません。

では、今の若者は何を一番求めているのでしょうか。それは、「とにかく通勤時間を短くして早く寝たい」ということのようです。私はこれを知って複雑な気持ちになりました。1つは、電通の事件などで問題になった残業などにより、若者が追いつめられているのではないかということです。もう1つは、このような風潮が進むと、世の中全体が「消費をしないサイクル」になり、ますます不況になるだろうということです。例えば、車に乗りたければレンタカーで済ませ、服は最低限のものしか持たず、それを着まわすといった傾向が強まるでしょう。そうすると、ますます人々は苦しい状況に追いこまれないでしょうか。

私が若かった頃に比べ、世の中が大きく変わってきていることを知り、とても驚いています。

第117回 「おもてなし」と「ホスピタリティ」の違い

相手のためを想って相手に尽くすことを、日本では「おもてなし」といい、西洋では「ホスピタリティ」と言います。でも、その中身は少し違うようです。では、その2つはどこが違うのでしょうか。それについて、(株)ことほぎ代表取締役の白駒妃登美さんの文章を読み、「なるほど」と思ったので紹介します。

まず、西洋の「ホスピタリティ」は、「人に対してなされる」ものだそうです。相手が人なので、人の目に見える所にしか心を尽くしません。だから例えば、ホテルの掃除にしても、人の目に見える所が中心です。そのため、かなり格式の高いホテルでも、人の目に触れないベッドの下にホコリがたまっていることがあるようです。

その一方で、日本の「おもてなし」はどうでしょうか。それは、「相手に対して」ではなく、「神様に対して」だそうです。確かに日本人の心の中には、誰も見ていない所でちょっと悪いことをする場合でも、「天から神様が見ている」と思い、うしろめたく感じるという心があります。

このような心の構造があるので、掃除にしても、人の目が触れないところでも、徹底して行うことになるそうです。確かに、日本の職人が作る工芸品や大工仕事でも、決して人の目に触れない所まで、手を加えているという習慣があります。それはやはり、日本人のおもてなしや行動には、「おもてなしの相手は神様である」とか、「誰も見ていなくても神様が見ている」という心情が通っているからかもしれません。

第116回 若々しい脳の作り方

脳の科学者・医学博士である岩崎一郎氏の講演のダイジェストを読みました。アメリカ・シカゴにあるラッシュ大学付属病院の研究チームが、1000人以上の高齢の方たちにアンケートを取ったそうです。その結果から、「志が高い人(他人のことを思いやることのできる利他的な人)ほど、脳が健康な状態に保たれている」ということが分かりました。

では、脳が健康であるという状態は、どのようなことをいうのでしょうか。それを調べるために、アメリカのカリフォルニア大学のグループが研究しました。その方法とは、おでこの辺りにある、脳の司令塔の役割を果たす「前頭葉」とよばれる部分を、強力な磁気刺激を使って、活動できないようにするというものでした。その結果、「脳はもともと利他的な考え方や行動をとる」ということが分かったそうです。つまり、人間の脳は、人の幸せや世界の平和について考える方が、生まれつき持っている特性を発揮する、ということです。

これらのことから、脳を健康に保つには、「人の幸せや人の役に立つことを考え、行動することが大切である」と言えそうです。逆に、利己的なことばかり考えていると、脳にブレーキをかけてしまい、認知症になりやすく、更に、寿命も短くなりがちだそうです。

私はこれを知って、自分の幸せを追求することも大切ですが、周りの人を喜ばせることをもっともっと意識せねばと、痛感しました。

第115回 今どきの学生さん

先日、京都産業大学 理事・副学長の大西辰彦氏の文章を読みました。氏はゼミなどを通じ、今どきの学生さんの実態をご存知で、とても参考になりました。

現在、社会人1年目として働いている若者は、正にゆとり教育世代です。彼らの一般的な特徴は、次の通りだそうです。まず、性格がおおらか、ゆったり構えている、素直、真面目、控え目といった長所があるようです。その半面、落ち込みやすい、常に待ちの姿勢、積極性に欠ける、対人関係が希薄、競争意識に欠ける、といった短所をあわせ持つようです。まとめると、「真面目だけどおとなしすぎる」という感じのようです。

私自身は1948年生まれで、正に団塊の世代の人間です。小学校のクラスは1学年10クラス以上はあり、1クラスの人数は55人程もありました。そんな状況ですから、何事も競争、競争という感じでした。

そんな私が今どきの学生さんの特徴を大西氏の文章から知り、驚いたことがあります。それは、バス待ちの姿です。京都産業大学は、上賀茂神社などからバスに乗って通学します。ラッシュ時になると、大勢の学生さんが列を作りますが、バスがすし詰めになることはないそうです。まだ乗り込むに十分な余裕があっても、次の15分後に来るバスのために、待つというのです。私たちの世代は、未だに「我先に乗り込む」という習性があるので、これには驚きました。

ゼミ生を見ていても、次のようなことを感じられるようです。
1.全体の空気を読み、自分の立ち位置を気にする
2.衝突を避ける傾向が強い
3.変なプライドや意地といったこだわりを持たない
4.ここ一番で何が何でもという厚かましさがない
5.対抗心を表す言葉を使わない
6.固定電話での通話が極度に苦手
7.男性よりも女性が元気

このような今どきの学生さんをヤル気にさせるには、次のようなポイントを押さえるといいようです。
1.躊躇せずにハードなミッションを与える
2.チーム制(男女比バランスも考慮)を重視する
3.全員一律に同程度のミッションを与える
4.指示した後は思い切って任せる
5.惜しみなく褒める

大西氏の文章は、現代の学生さんの気質を知る上で、とても勉強になりました。

第114回 「心配」と「心配り」

この2つの言葉は、「り」があるかないかの、たった1つの違いです。しかし、私はこの2つの言葉には、大きな違いがあることを知りました。

まず「心配」という言葉です。これは、「将来の不安について心を悩ませる」ということです。将来のことを「心配」して、あれこれ悩むことが大切なのも事実ですが、それにも限界があります。あれこれ「心配」しても、どうしようもないことが多いのです。

一方、「心配り」についてはどうでしょうか。これは今現在、周りにいる人などを気遣い、行動を起こすことです。つまり、「心配り」は将来を案じることよりも、今現在直面していることに全力を注ぐ行動なのです。

将来どうなるのか分からないことに、あれこれエネルギーを注ぐよりも、今現在できることに精一杯努力することの方が大切かもしれません。そして、今現在を精一杯生きることが、将来の不安を打ち消し、より良い未来を切り開けることになるのかもしれません。

第113回 94歳の母の大往生

私事ですが、94歳になる母が、老衰で先日他界しました。妹の自宅で、眠るような大往生で、とても幸せな最後でした。私も今まで、機会あるごとに旅行に連れて行ってあげたりと、親孝行を尽くし、思い残すことはありませんでした。

亡骸は妹の住む三島から、長年住み慣れた群馬県の榛東村まで車で移し、お葬式をしました。搬送の途中はとてもいい天気で、静岡県の辺りでは、富士山がくっきり見えました。
(写真はこちら:http://www.tsumugi.ne.jp/photo/yomoyama/20161220/html)

また、群馬県に入ると、雲一つない「上毛三山(赤城山、榛名山、妙義山)」も見ることができました。これも何か天の配剤のように感じました。

お葬式には、母が群馬にいたころボランティアでパッチワークなどを教示した、たくさんの若い女性なども来られ、とても賑やかなものとなりました。この度の件を通じ、「親孝行の大切さ」と、「生前に人の喜ぶことをする」ことの大切さをしみじみと感じました。