第53回 アリの行列になぜ渋滞が起きないか?

高速道を車で走っていると、時々、事故などが起きているわけでもないのに車の渋滞に遭うことがあります。それは一体なぜなのでしょうか。また、地面を見ると、アリの行列に出会うことがあります。アリの行列は整然としていて、渋滞がありません。それは一体なぜなのでしょうか。

道路交通の渋滞における経済的損失は、日本国内で年間12億円とも言われます。もしドライバーの協力で渋滞を緩和できたら、とても快適なドライブができるでしょう。

この答えは東京大学先端科学技術研究センターの西成活裕教授の提唱する「渋滞学」にあるようです。そのポイントはとても簡単なことです。それは、「車間距離を詰めない」ことだそうです。

確かに、車間距離を詰めた運転をしていると、前の車が減速した時や上り坂などで、渋滞が発生しやすくなります。また、ゆとりをもった車間距離を心掛けると、事故を減らすこともできます。

「渋滞を防ぐには車間距離を詰めない」という答えには拍子抜けしますが、確かにアリの行列では、アリ同士はきちんと一定の距離を保っています。人間もアリに見習わねばなりませんね。

第52回 ちょっといい話

輝く自分ブランドクリエータ-の辰巳明弘氏の講演のダイジェストを読みました。その中で、とてもすばらしい言葉があったのでご紹介します。

辰巳氏は65歳だそうですが、毎日「朝は希望に起き、昼は努力に生き、夜は感謝に眠る。俺がやらねばだれがやる」という気持ちで生きておられるそうです。もしこれが「朝はため息に起き、昼は言い訳に生き、夜は怨念にもだえ、俺がやらねばだれかがやる」だったらどうでしょうか。私自身、そうならぬよう自戒せねばと思いました。

更に辰巳氏は、人と人との関係においては、コミュニケーションや信頼関係が土台になければいけないと、説いています。

親と子の信頼関係がないままに、「もっとしっかり勉強しなさい」と親が子に提案しても、子は否定的な気持ちでそれを聞くことになります。つまり、親にしてみれば提案は「思いやり」のつもりでも、子にとっては「重い槍」となって突き刺さるだけだとのことです。

また嫌な人から「おもてなし」を受けても、それは「表なし」で裏ばっかりになりかねないとのことです。受け手によっては「思いやり」が「重い槍」になったり、「おもてなし」が「表なし」になったりと、なかなか言い得て妙だなと感じました。

第51回 断りの極意

会社や組織で働いていると、上司からの急な仕事の依頼や飲食の誘いは仕事に付き物です。そんなとき、人間関係を重視して無理にそれに応じると、私生活に支障を来したり、体を壊してしまうなどの弊害が出ます。そんな時はどうしたら良いのでしょうか。

このような場合、とかく「人間関係を壊したくない、嫌われたくない」と思い、ついつい無理して引き受けてしまうことが多いものです。しかし、自分にとって何が大切かをよく考え、安請け合いするより、自分にとって重要な選択をするのが良いようです。

ここで大切なことは、「断り方」や「伝え方」です。あまり良くないのは、「自分の事情だけを相手に伝える」という言い方だそうです。

例えば、「この仕事を、今日、残業してやってくれたまえ。」などの要求に対し、「今日は約束があるのでお受けできません。」などの言い方です。これでは相手の要求をストレートに退けてしまい、相手は立つ瀬がなくなり、カチンときます。

このような時には、「相手が何を求めているか」を知ることが大切です。「その仕事の期限はいつまででしょうか。」などと聞くのが良いようです。そうすれば、「いい仕事をしたいので、明日早出して頭がすっきりした状態で頑張りたいのですが、それでいかがでしょうか。」などの交渉も可能になります。

このように、「相手が何を求めていて、どうすればお互いに折り合いを付けられるか」を考えて対応すると、お互いがうまくいくようです。また、飲食などのお誘いを断る際には、申し訳なさや、残念な気持ちを強調することも大切なようで、「是非同席したかったのですが、残念です。本当に残念です。」などという言い方が良いようです。

第50回 仕事は契約か?

ヨーロッパ人にとっては、「仕事は契約で賃金は労働への対価だ」というような話を聞いたことがあります。英語のビジネス(business)は「忙しい」という意味からきていたり、フランス語で仕事を意味する「トラバーユ(travail)」という言葉は、「拷問する」という意味からきているとも聞きます。

その点、日本語の「働く」はどうでしょうか。「働く」は「はたの人を楽にする」ことだ、などと言われます。日本人にとって「働くこと」とは「契約ではなく、まわりの人に喜んでもらう行為だ」と言えるのではないでしょうか。

『古事記』や『日本書紀』に描かれている「高天原(たかまがはら)」は聖書に描かれている楽園(エデン)とはまるで違うそうです。高天原では、男の神様も女の神様も、楽しみながら何らかの仕事をしているそうです。また、日本最古の和歌集である『万葉集』には、名もなき庶民の歌から天皇、皇后の歌まで収められています。この中にも働くことを愛(め)でる歌がたくさんあるそうです。

私は性格的に趣味と仕事をバランスよくこなしているほうが、より楽しく感じます。今は社会の教材を作っていますが、例えそれをやめて趣味三昧の生活を送ったとしても、すぐ飽きてしまうことでしょう。それよりも、多くの子どもたちから、「このテキストのお陰で歴史が好きになった」などの声をもらう方がずっと楽しい毎日を送れると感じています。

第49回 イルミネーションの変化

イルミネーションというと、今まではクリスマスシーズンに期間限定で登場、という感じでした。しかし今は、年が明けても点灯されています。その秘密は何なのでしょうか。

それはLED電球の普及です。LED電球1個あたりの単価は従来の電球の約5倍ですが、消費電力は少なく、熱を出さないので周辺の環境にも優しく、耐久性も高いというので好評です。

大規模な施設では、LED電球を100万個以上使っており、そのイルミネーションだけで、年間10万人以上の人を呼んでいるそうです。LEDは一度購入すれば、あとは手間いらずで数年はもつので、その演出が成功すれば、充分採算にのるのだそうです。

ただ、LEDは太陽光と全く違う光で、直進性も強いため、植物などに悪影響を及ぼさないかという懸念もあるようです。新しく便利だからといって、多用するのは考えもののようです。

第48回 プロ野球界のコーチ

先日ある小冊子で、元プロ野球選手 森本稀哲氏(以下ヒチョリさん)の講演内容を読みました。その中で驚いたことがあります。それは、日本の野球界のトップに位置するプロ野球界ですら、「コーチング」をきちんと学び、それを実践しているコーチはあまりいないということです。

プロ野球界におけるコーチは、同じ球団でプレーをしていたからとか、人脈のつながりなどで抜擢されることが多いそうです。そうすると、ほとんどのコーチは、現役時代に自分が接してきたコーチをお手本にするそうです。そして不思議なことに、現役時代に「自分がやられて嫌だった」ことまで真似してしまうのだそうです。

例えば、試合中に選手がミスした場合、それを皆の前で厳しく叱るなどです。これは、教育の世界でもよくあることですが、ミスして一番気落ちし、反省しているのは本人です。そのような状態の時に、追い打ちをかけるように叱るのは、百害あって一理なしなのは自明です。

このようなことは、塾現場でもよくあることで、塾の先生方もよくご存知のことだと思います。塾の生徒、企業に入りたての新人、プロ野球選手にしても、ミスをして叱られることを恐れたりすれば、伸び伸びとした気持ちになれず、充分力を発揮できないことでしょう。

ヒチョリさんが日本ハムファイターズにいた頃の監督は、トレイ・ヒルマン氏だったそうです。ある日、ヒルマン監督はヒチョリさんに向かって、「ヒチョリ、明日はスタメンでいくぞ。明日やることはたった一つ、元気を出して伸び伸びやることだ」と告げたそうです。ヒチョリさんは元気に伸び伸びやったにもかかわらず、結果は4打席ノーヒットでした。そこで、「もう明日はない」と思っていたそうです。ところが、次の日もスタメンで驚いたそうです。その日、監督は、「ヒチョリ、昨日は善かったぞ。今日も元気を出してやってこい」と言ったそうです。その言葉にヒチョリさんは元気百倍となり、何とその日は2本のヒットを打ったそうです。

ヒチョリさんはこのような体験を踏まえ、良いコーチの条件は次のようなものだと述べています。
1.選手をよく観察し、選手の変化に気付く。
2.叱るのではなく、見守り、勇気づける。そして、選手が発揮できていない残り半分の力を引き出してあげる。

私は以上の二点にとても感心しました。このようなコーチングの知識や技術は、プロ野球界はもとより、教育現場でも職場でも、とても大切なことなのではないでしょうか。