第68回 思考体力

先日、東京大学先端科学技術研究センターの教授をしている、西成活裕氏の講演をまとめた文章を読む機会がありました。その中に「思考体力」という言葉があったので、とても興味を覚えました。
氏は長年、さまざまな分野の方々とおつきあいをしてきて、「成功する人には共通点がある」と気付いたそうです。

それが「思考体力」です。「思考体力」を簡単に言うと、「考え続ける力」のことです。確かに、考えることを面倒臭がる人はあまり深く考えず、「まあ、こんな感じでいいか」と妥協してしまいがちかもしれません。

私も若い時はそのようなタイプで、深く考えることをせず、そのときの気分や一時的な感情で物事を決めてしまい、よく失敗をしました。「思考体力」は、「運動体力」と同じく、トレーニングが大切です。私もますます「深く考える習慣」を磨き続けていこうと思いました。

第67回 1.01の365乗の驚異

皆さんは1.01の365乗がいくつになるか、ご存知ですか。私はその結果を知って、唖然としました。その前に、0.99の14乗を計算して、その結果にも驚きました。そして、その数字の正しさにも納得しました。

話は変わりますが、腰を患い、2週間程ほとんど寝たきりで過ごしました。その間、動くことといったら、トイレに行くときぐらいのものでした。その間は腰の痛みに呻きっぱなしで、とても運動どころではありませんでした。ほぼ2週間がたち、ようやく痛みもひいたため、そろそろ自主的なリハビリでもしようかと思いました。そこでまず、自分の太ももを見てビックリしました。今までテニスやスキーで鍛えてきた、少し自慢の自分の太ももが、見るも無惨に細くなっていたのです。それらは入院前にはパンパンに張っていたのですが、その時には、その太ももを指でつまむと、脚の皮が3㎝くらいも伸びる程に弛んでいました。

これを見て私は、「たった2週間でこんなにも退化するのだ」と驚きました。そして次に私は階段をのぼってみました。するとどうでしょう!今まで何の苦もなくスタスタとのぼれていた階段が、手を階段の手すりにかけ、腕の力で体を引き上げないと、のぼれなくなってしまったのです。これでは登山に行こうにも、低い山すら登ることができません。その退化の速さに改めて驚きました。

つまり、この事実は0.99の14乗の計算とぴったり一致するのです。ちなみに、0.99の14乗は約0.85です。つまり、毎日たった0.01(1%)の手抜きをするだけで、14日後には100の能力が85にまで落ちてしまうということです。努力の手抜きとは、何と恐ろしいことでしょう。

さて、話を最初に戻して、では一体1.01の365乗はいくつになるのでしょうか。それは何と37.8です。毎日、今までの自分より1%だけ成長しようと努力すれば、1年後には今現在の約38倍になれるという計算です。

毎日毎日どんな日でも、昨日より1%アップするということは、とても難しいことなのでしょう。しかし、過去に現れた偉人や、現代の名人は、見えないところで人並みはずれた努力を続けたことでしょう。これらの数字から、コツコツとした努力の大切さと手抜きの恐ろしさを学びました。

第66回 リニア新幹線

時速600㎞も出せるというリニア新幹線は、本当に必要なのでしょうか。もし完成したとしたら、大阪からあっという間に東京に行けて便利かも知れません。しかし、リニア新幹線はその全長の86%がトンネルとのことです。そしてそれは、南アルプスの地下を通るそうで、大切な地下の水脈を壊しかねないなどの問題も抱えています。

それに加えて、もし事故が起きたら、その時乗客はどう避難するのでしょうか。現在の新幹線でも、故障や事故はあります。その時乗客は、最寄りの駅まで誘導されたり、最悪の場合は線路に下りて歩いて避難したりすることもできます。

その点、リニア新幹線はどうなのでしょうか。例えば、厳冬に南アルプスの地下でリニア新幹線が止まってしまったら、どうなるのでしょうか。たとえ、乗客が非常口を千m以上昇って地上に出たとしても、そこは厳冬の南アルプスです。このように、事故が起きたときの状況は、現在の新幹線とは全く違うように思われます。

最悪の場合が火災事故でしょう。現在の新幹線なら、トンネル内での火災事故が起きても、乗客は何㎞か歩けばトンネルの外に脱出できます。しかし、86%がトンネルというリニア新幹線で、火災事故が起きたら、その時はどうなるのでしょうか。

東京―大阪間が1時間程度で行き来できるようになるという便利さだけに目を奪われると、このような重大な問題を考える視点が失われてしまうように感じます。

第65回 創造力を育てる

NPO法人 子どもアイデア楽工理事長である、山下敏樹氏の講演のダイジェストを読みました。山下氏は、子どもの創造力を育てるには次の4つの言葉が大切であると説いています。

例えば、子どもたちに何か工作のアイデアを出してもらう場面があったとします。まずは、出たアイデアに「すごい!」と反応します。すると子どもは目をきらきらと輝かせ、さらにヤル気が増すそうです。そうしたら、すかさず2つ目の呪文である「それで?」を唱えるそうです。すると子どもはさらに深く考え込みます。

しかし、そのように励ましていっても最終的には行き詰まるときがあります。そのときは、「他には?」という呪文を使い、違った観点から考えさせます。

最後の呪文は、「なるほど!すごい!」だそうです。そう言って子どもの考えを認めてあげると、子どもはますます夢を広げていくそうです。

このように、子どもに対しての声かけ次第で、子どもはどんどん変わっていくようです。これは上司と部下の関係などにも応用できそうです。

第64回 トムソン・ガゼルの行動②

このガゼルの話を引用して,ある人は私に「利己主義」と「利他主義」のことを教えて下さいました。一般的に,利己主義というと「自分中心で,自分の都合のいいことしか考えない」と思われています。また,利他主義というと,「自分自身を犠牲にして,回りの人のために尽くす」と考えられています。しかし,別の見方では,「利己主義を追求することが終局的にまわりの人を幸せにする」とも考えられています。

その考えをこのガゼルの話に当てはめてみます。ライオンの前に跳びだしたガゼルは,利他主義のように見えますが,その根底は利己主義です。つまり,「自分の持って生まれた,または磨き抜いた能力を生かす」という点においては,利己主義なのです。その利己主義を貫き通す結果として,仲間の皆が助かるという「利他」につながるというのです。

ここで一番大切なことは,人の役に立とうと考える前に,まずは「利己を貫くこと」。つまり,「自分自身の能力を高めたり,絶えず成長させることを心掛けること」だそうです。

確かに,スポーツでも勉強でも仕事でも,自分自身の能力の向上を目指していけば,結果的に人を楽しませたり,人の役に立つことができます。特に若い人々においては,「自分自身の能力を高める」ということに,最も力を入れるのが良いように思います。

第63回 トムソン・ガゼルの行動①

皆さんは,テレビの動物の番組などで,アフリカなどに住むトムソン・ガゼルという動物についてご存知のことでしょう。トムソン・ガゼルは草原で群れをつくり,草を食べて生きています。そして時折,運悪くライオンなどに襲われて,食べられたりします。

群れがライオンなどの肉食動物に狙われたとき,一匹の勇敢なガゼルがびっくりするような行動にでるということをご存知でしょうか。何とそのガゼルは,敢えてライオンの前に立ちはだかり,ピョンピョン跳ねたりして,ライオンに対し「食べるのなら私を食べて下さい」というような行動をとるのです。

私は今までこの行動を,仲間を逃がして助けるための「自己犠牲的行動」と思っていました。しかし,最近の学者の研究からすると,どうもそうではないようです。

そのガゼルは,その行動を悲壮感に浸ってやっているわけではなく,むしろ,楽しんでやっているようです。つまり,そのガゼルはライオンの前でピョンピョン跳びはね,「捕まえるものなら捕まえてごらん」という感じのゲーム感覚でやっているようなのです。そして,そのようなガゼルの行動の結果として,弱いガゼルや,ガゼルの子供が救われるという構図のようです。

第62回 創造力を育てる

NPO法人 子どもアイデア楽工理事長である、山下敏樹氏の講演のダイジェストを読みました。山下氏は、子どもの創造力を育てるには次の4つの言葉が大切であると説いています。

例えば、子どもたちに何か工作のアイデアを出してもらう場面があったとします。まずは、出たアイデアに「すごい!」と反応します。すると子どもは目をきらきらと輝かせ、さらにヤル気が増すそうです。

そうしたら、すかさず2つ目の呪文である「それで?」を唱えるそうです。すると子どもはさらに深く考え込みます。

しかし、そのように励ましていっても最終的には行き詰まるときがあります。そのときは、「他には?」という呪文を使い、違った観点から考えさせます。

最後の呪文は、「なるほど!すごい!」だそうです。そう言って子どもの考えを認めてあげると、子どもはますます夢を広げていくそうです。

このように、子どもに対しての声かけ次第で、子どもはどんどん変わっていくようです。これは上司と部下の関係などにも応用できそうです。

第61回 無学租元禅師

時は鎌倉時代,元寇の時の執権時宗の父時頼公は,南宗から禅師を招き,建長寺を開山しました。息子の時宗も禅の修行に励み,指導者としての資質を磨きました。

このような時に,一度目の元寇である文永の役が起きます。この時,時宗は24才,元軍は3万とも言われる軍勢で,まずは対馬と壱岐を攻め,島民のほとんどは虐殺されました。その後,元軍は博多に上陸し,日本軍は大宰府まで後退するというピンチに陥りました。この時の時宗の心境はどうだったでしょうか。

当然強い恐怖感にさいなまれていたと思いますが、その時、時宗はいささかも動じる様子がなかったと言われています。やはり、禅で鍛えた心と身体がそのような時宗をつくったのでしょうか。その後、時宗はやはり、南宗から無学租元禅師を招きます。無学租元禅師は54才でありながら、厳しい航海を経て来朝し、建長寺の住持となりました。そして、時宗を支えました。

弘安の役が起きたのは、無学租元禅師が来朝した2年後のことでした。この時、日本に襲来した元軍は何と14万。文永の役の実に5倍です。この時の時宗は31才。心が張り裂けるほどの恐怖感にさいなまれていたのではないでしょうか。時宗は無学租元禅師に助言を求め、心の安らぎを得て元軍に立ち向かいます。その後、御承知のように台風が来て、日本は何とか救われました。

時宗はその後,国家鎮護と蒙古襲来による殉死者を敵味方なく供養するために,円覚寺を開創しました。そして時宗は,弘安の役の3年後(34才),無学租元禅師はその2年後(61才)に亡くなられました。

私はこの事実を知って,このお二人は外国の侵略から日本を守るために,お生まれになったのではないかと感じました。日本は,このような先人達の並々ならぬ努力によって,今があるのだと感じ,先人達への深い感謝の念が沸き起こりました。