第120回 これからの塾経営のポイント

私は先日、東京での塾の会合に出席した後、鹿児島に飛びました。そして翌日、鹿児島の塾の先生方を相手に、講演を行いました。話の内容は、最近の大手塾やフランチャイズ塾の動向や、塾経営を成功させる原理・原則などでした。

 塾を取りまく環境は大きく変化をしていますが、塾経営の原理・原則は不変です。表面的なことに流されず、その原理・原則を貫くとともに、時代の流れにうまく乗っていくことの大切さを感じます。

 例えば、OECDの学習到達度の15年調査(PISA)で、シンガポールが数学的リテラシー、読解力、科学的リテラシーの全てで第1位という結果があります。これについて、読売新聞の「読解力があぶない」というシリーズの最終回には、興味深いコメントがあります。シンガポールでは、「小学校で論理的思考や読み書きを訓練し、小中高校の卒業時に論述試験がある」そうです。また、「子どもが学ばざるを得ないシステムを国が作り上げている」そうです。

 日本では、そこまで徹底出来ていませんが、そのような傾向は今後強まると思っています。既に一部の塾では、その変化に対応すべく動き始めています。当社の『読解はかせ』に昨年以上の引き合いが来ているのも、その流れのようです。各塾の核となる指導方針を堅持しつつ、時代の流れをキャッチし、その流れにいかにうまく対応していくかが塾の盛衰を決めていくように感じます。

第119回 世界に誇れる明治の橋

東京には、隅田川などいろいろな川が流れており、そこに架かる橋も多くあります。それらは明治から昭和初期にかけて建設されました。そして、それには金井彦三郎氏の貢献が光っています。金井氏は大卒ではなく、給与も低かったそうですが、英字本などを頼りに独学で橋の設計に携わりました。1898年には、日本初のアーチ橋である浅草橋が完成しましたが、これも金井氏が独学で設計したものだそうです。また、金井氏は東京駅の基礎構造の設計にも携わりました。その仕事ぶりは素晴らしく、東京駅は関東大震災の時でも、ひび一つ入らなかったそうです。

金井氏に限らず、当時の技術者たちの橋にかける情熱と先見性の高さには、目を見張るものがあります。例えば、関東大震災の復興で架けられた永代橋や清洲橋は、90年後となる1980年の設計基準を上回る強度で建設されているそうです。更に、これらの橋は将来の自動車社会の到来を見越し、現在の橋の約2倍の重さにも耐えられるような構造になっているそうです。

当時の物資の運搬には、専ら大八車などが使われていたことを考えると、その先見性はあっぱれという他はありません。
このような事実を知ると、昔の技術者の心意気を感じることができ、私はとても感動しました。

第118回 新・四畳半暮らし

みなさんは四畳半暮らしと聞くと、どんなことを連想するでしょうか。私は、学生時代の若者の貧乏な四畳半暮らしを思い浮かべます。ところが今、「新・四畳半暮らし」は、都会に住む若者の新しいライフスタイルだと聞いてとても驚きました。

都会の四畳半程度の部屋とは、どこにあり、どんなものだと思うでしょうか?その立地は、例えば“早稲田駅から徒歩7分”といったように駅から近く、職場と住まいが近距離にあり、家賃は月5~6万程度なのです。そして、その四畳半程度の部屋の間取りは次のようになっているそうです。

(1)洗面台と流し台を兼ねたシンク
(2)その下にはめ込まれたドラム式洗濯機
(3)その隣にむき出しのまま設置されたトイレ
(4)風呂には浴槽がなくシャワーのみ
(5)あとはベッドが置けるだけのスペース

私は、このような部屋で若者が生活するということにとても驚きました。机も本棚もなく、趣味の道具を置けるスペースもないようなところで毎日を過ごす生活なんて、私には信じられないからです。

では一体、若者はどんな生活をしているのでしょうか。どうやら今の若者にとっては、スマホさえあれば何でも事足りるようです。テレビも見られるし、色々な情報も引き出せます。冷蔵庫がなくても、近くにコンビニさえあれば困りません。

では、今の若者は何を一番求めているのでしょうか。それは、「とにかく通勤時間を短くして早く寝たい」ということのようです。私はこれを知って複雑な気持ちになりました。1つは、電通の事件などで問題になった残業などにより、若者が追いつめられているのではないかということです。もう1つは、このような風潮が進むと、世の中全体が「消費をしないサイクル」になり、ますます不況になるだろうということです。例えば、車に乗りたければレンタカーで済ませ、服は最低限のものしか持たず、それを着まわすといった傾向が強まるでしょう。そうすると、ますます人々は苦しい状況に追いこまれないでしょうか。

私が若かった頃に比べ、世の中が大きく変わってきていることを知り、とても驚いています。

第117回 「おもてなし」と「ホスピタリティ」の違い

相手のためを想って相手に尽くすことを、日本では「おもてなし」といい、西洋では「ホスピタリティ」と言います。でも、その中身は少し違うようです。では、その2つはどこが違うのでしょうか。それについて、(株)ことほぎ代表取締役の白駒妃登美さんの文章を読み、「なるほど」と思ったので紹介します。

まず、西洋の「ホスピタリティ」は、「人に対してなされる」ものだそうです。相手が人なので、人の目に見える所にしか心を尽くしません。だから例えば、ホテルの掃除にしても、人の目に見える所が中心です。そのため、かなり格式の高いホテルでも、人の目に触れないベッドの下にホコリがたまっていることがあるようです。

その一方で、日本の「おもてなし」はどうでしょうか。それは、「相手に対して」ではなく、「神様に対して」だそうです。確かに日本人の心の中には、誰も見ていない所でちょっと悪いことをする場合でも、「天から神様が見ている」と思い、うしろめたく感じるという心があります。

このような心の構造があるので、掃除にしても、人の目が触れないところでも、徹底して行うことになるそうです。確かに、日本の職人が作る工芸品や大工仕事でも、決して人の目に触れない所まで、手を加えているという習慣があります。それはやはり、日本人のおもてなしや行動には、「おもてなしの相手は神様である」とか、「誰も見ていなくても神様が見ている」という心情が通っているからかもしれません。

第116回 若々しい脳の作り方

脳の科学者・医学博士である岩崎一郎氏の講演のダイジェストを読みました。アメリカ・シカゴにあるラッシュ大学付属病院の研究チームが、1000人以上の高齢の方たちにアンケートを取ったそうです。その結果から、「志が高い人(他人のことを思いやることのできる利他的な人)ほど、脳が健康な状態に保たれている」ということが分かりました。

では、脳が健康であるという状態は、どのようなことをいうのでしょうか。それを調べるために、アメリカのカリフォルニア大学のグループが研究しました。その方法とは、おでこの辺りにある、脳の司令塔の役割を果たす「前頭葉」とよばれる部分を、強力な磁気刺激を使って、活動できないようにするというものでした。その結果、「脳はもともと利他的な考え方や行動をとる」ということが分かったそうです。つまり、人間の脳は、人の幸せや世界の平和について考える方が、生まれつき持っている特性を発揮する、ということです。

これらのことから、脳を健康に保つには、「人の幸せや人の役に立つことを考え、行動することが大切である」と言えそうです。逆に、利己的なことばかり考えていると、脳にブレーキをかけてしまい、認知症になりやすく、更に、寿命も短くなりがちだそうです。

私はこれを知って、自分の幸せを追求することも大切ですが、周りの人を喜ばせることをもっともっと意識せねばと、痛感しました。

第115回 今どきの学生さん

先日、京都産業大学 理事・副学長の大西辰彦氏の文章を読みました。氏はゼミなどを通じ、今どきの学生さんの実態をご存知で、とても参考になりました。

現在、社会人1年目として働いている若者は、正にゆとり教育世代です。彼らの一般的な特徴は、次の通りだそうです。まず、性格がおおらか、ゆったり構えている、素直、真面目、控え目といった長所があるようです。その半面、落ち込みやすい、常に待ちの姿勢、積極性に欠ける、対人関係が希薄、競争意識に欠ける、といった短所をあわせ持つようです。まとめると、「真面目だけどおとなしすぎる」という感じのようです。

私自身は1948年生まれで、正に団塊の世代の人間です。小学校のクラスは1学年10クラス以上はあり、1クラスの人数は55人程もありました。そんな状況ですから、何事も競争、競争という感じでした。

そんな私が今どきの学生さんの特徴を大西氏の文章から知り、驚いたことがあります。それは、バス待ちの姿です。京都産業大学は、上賀茂神社などからバスに乗って通学します。ラッシュ時になると、大勢の学生さんが列を作りますが、バスがすし詰めになることはないそうです。まだ乗り込むに十分な余裕があっても、次の15分後に来るバスのために、待つというのです。私たちの世代は、未だに「我先に乗り込む」という習性があるので、これには驚きました。

ゼミ生を見ていても、次のようなことを感じられるようです。
1.全体の空気を読み、自分の立ち位置を気にする
2.衝突を避ける傾向が強い
3.変なプライドや意地といったこだわりを持たない
4.ここ一番で何が何でもという厚かましさがない
5.対抗心を表す言葉を使わない
6.固定電話での通話が極度に苦手
7.男性よりも女性が元気

このような今どきの学生さんをヤル気にさせるには、次のようなポイントを押さえるといいようです。
1.躊躇せずにハードなミッションを与える
2.チーム制(男女比バランスも考慮)を重視する
3.全員一律に同程度のミッションを与える
4.指示した後は思い切って任せる
5.惜しみなく褒める

大西氏の文章は、現代の学生さんの気質を知る上で、とても勉強になりました。

第114回 「心配」と「心配り」

この2つの言葉は、「り」があるかないかの、たった1つの違いです。しかし、私はこの2つの言葉には、大きな違いがあることを知りました。

まず「心配」という言葉です。これは、「将来の不安について心を悩ませる」ということです。将来のことを「心配」して、あれこれ悩むことが大切なのも事実ですが、それにも限界があります。あれこれ「心配」しても、どうしようもないことが多いのです。

一方、「心配り」についてはどうでしょうか。これは今現在、周りにいる人などを気遣い、行動を起こすことです。つまり、「心配り」は将来を案じることよりも、今現在直面していることに全力を注ぐ行動なのです。

将来どうなるのか分からないことに、あれこれエネルギーを注ぐよりも、今現在できることに精一杯努力することの方が大切かもしれません。そして、今現在を精一杯生きることが、将来の不安を打ち消し、より良い未来を切り開けることになるのかもしれません。

第113回 94歳の母の大往生

私事ですが、94歳になる母が、老衰で先日他界しました。妹の自宅で、眠るような大往生で、とても幸せな最後でした。私も今まで、機会あるごとに旅行に連れて行ってあげたりと、親孝行を尽くし、思い残すことはありませんでした。

亡骸は妹の住む三島から、長年住み慣れた群馬県の榛東村まで車で移し、お葬式をしました。搬送の途中はとてもいい天気で、静岡県の辺りでは、富士山がくっきり見えました。
(写真はこちら:http://www.tsumugi.ne.jp/photo/yomoyama/20161220/html)

また、群馬県に入ると、雲一つない「上毛三山(赤城山、榛名山、妙義山)」も見ることができました。これも何か天の配剤のように感じました。

お葬式には、母が群馬にいたころボランティアでパッチワークなどを教示した、たくさんの若い女性なども来られ、とても賑やかなものとなりました。この度の件を通じ、「親孝行の大切さ」と、「生前に人の喜ぶことをする」ことの大切さをしみじみと感じました。

第112回 大学生の死亡事件

宮崎中央新聞の編集長である、水谷謹人氏の文章を読みました。

水谷氏の娘さんが通っていた大学の研究室で、朝一人の男子学生が死んでいたという事件があったそうです。彼は100㎏を超える巨漢だったそうです。検視の結果、死因は何だったと思われますか?

それは何と「栄養失調」でした。彼は決して生活に困っていたわけではありません。では、なぜそういうことになったのでしょう。

九州大学農学部の佐藤剛史先生は、毎年1年生を対象に、食生活に関する調査を行っています。それは、「1日3食を、どこで、誰と、何を食べたか」を記入してもらうというものです。その結果はというと、例えば、Aさんは昼食を抜き、夕食はコンビニ弁当。翌日は朝食抜き。Bさんの昼食はおにぎりとチョコレート。夕食はカルボナーラとコーンスープ。翌日は朝食抜き。Cさんの昼食はイタリアンバイキングでしっかり食べ、夜は饅頭とミルクティーとスナック菓子。翌朝も饅頭とスナック菓子、インスタントスープ、という具合です。自炊して作ったお弁当を持ってくる人はほとんどおらず、みんな、外食か、弁当やお総菜を買ってきて食べるという傾向です。

食べ方も、深夜12時に食べ、朝食は食べない。お腹が空いたらスマホの画面を見ながら好きな物だけダラダラ食べる。一人暮らしになったとたん、食生活は見事に崩れます。このように、食べる物もいい加減で、食べる時間も不規則というのが、現代の大学生の実態のようです。

私の大学生時代には、大学の近くに定食屋があり、そこで魚や味噌汁、野菜、白米などをバランス良く摂ることができました。そのような食事をきちんととっている場合は、体調も良かったのですが、お金がなくなり、自分でラーメンを作り、そればかりを食べるような生活を送ると、とたんに具合が悪くなり、気力も萎えることを経験しました。そのようなことから、バランスのとれた食事の大切さを学んでいきました。今の大学生が健康的に学生生活を送るには、正しい栄養学の知識と指導も大切だと感じます。

第111回 絶望の中を生き抜いた力

ヴィクトール・エミール・フランクルという人は、ドイツの精神科医で、第二次世界大戦の時、ナチスの強制収容所に送られました。彼は、その過酷な状況の中で生き抜くことができ、その経験を『夜と霧』という本に書いています。その強制収容所で生き延びた人たちは、どんな人たちだったのでしょうか。私は、歌人・カウンセラーである伊藤一彦氏の講演のダイジェスト文を読んで、とても驚きました。

普通その答は、「頑丈な人」だったと考えます。ですが、全くそうではないようです。それは、「心の繊細な人」だそうです。例えば、過酷な労働を強いられる毎日の中でも、美しい夕焼けを見て「ああ、きれいな夕焼けだ」と感動できる心の持ち主です。

人の性質として、「何かに集中しているときは、他のことは忘れられる」というものがあります。そのようなことをせず、死への不安を絶えず考え、それを打ち消そうとすればする程、逆に不安にとらわれてしまいます。そこで、困難に直面したときなどは、自分の一番好きなことをするのがいいようです。そのことに熱中すると、心が自由になります。そのようにできる人を、フランクルは「心が繊細な人」と言ったそうです。

自分自身を振り返ってみると、超多忙を極めたことや、困難に直面したことも時々ありましたが、そのような時に、テニスなどの自分の趣味が、追い詰められた自分を救ってくれたように思います。