第117回 「おもてなし」と「ホスピタリティ」の違い

相手のためを想って相手に尽くすことを、日本では「おもてなし」といい、西洋では「ホスピタリティ」と言います。でも、その中身は少し違うようです。では、その2つはどこが違うのでしょうか。それについて、(株)ことほぎ代表取締役の白駒妃登美さんの文章を読み、「なるほど」と思ったので紹介します。

まず、西洋の「ホスピタリティ」は、「人に対してなされる」ものだそうです。相手が人なので、人の目に見える所にしか心を尽くしません。だから例えば、ホテルの掃除にしても、人の目に見える所が中心です。そのため、かなり格式の高いホテルでも、人の目に触れないベッドの下にホコリがたまっていることがあるようです。

その一方で、日本の「おもてなし」はどうでしょうか。それは、「相手に対して」ではなく、「神様に対して」だそうです。確かに日本人の心の中には、誰も見ていない所でちょっと悪いことをする場合でも、「天から神様が見ている」と思い、うしろめたく感じるという心があります。

このような心の構造があるので、掃除にしても、人の目が触れないところでも、徹底して行うことになるそうです。確かに、日本の職人が作る工芸品や大工仕事でも、決して人の目に触れない所まで、手を加えているという習慣があります。それはやはり、日本人のおもてなしや行動には、「おもてなしの相手は神様である」とか、「誰も見ていなくても神様が見ている」という心情が通っているからかもしれません。

第116回 若々しい脳の作り方

脳の科学者・医学博士である岩崎一郎氏の講演のダイジェストを読みました。アメリカ・シカゴにあるラッシュ大学付属病院の研究チームが、1000人以上の高齢の方たちにアンケートを取ったそうです。その結果から、「志が高い人(他人のことを思いやることのできる利他的な人)ほど、脳が健康な状態に保たれている」ということが分かりました。

では、脳が健康であるという状態は、どのようなことをいうのでしょうか。それを調べるために、アメリカのカリフォルニア大学のグループが研究しました。その方法とは、おでこの辺りにある、脳の司令塔の役割を果たす「前頭葉」とよばれる部分を、強力な磁気刺激を使って、活動できないようにするというものでした。その結果、「脳はもともと利他的な考え方や行動をとる」ということが分かったそうです。つまり、人間の脳は、人の幸せや世界の平和について考える方が、生まれつき持っている特性を発揮する、ということです。

これらのことから、脳を健康に保つには、「人の幸せや人の役に立つことを考え、行動することが大切である」と言えそうです。逆に、利己的なことばかり考えていると、脳にブレーキをかけてしまい、認知症になりやすく、更に、寿命も短くなりがちだそうです。

私はこれを知って、自分の幸せを追求することも大切ですが、周りの人を喜ばせることをもっともっと意識せねばと、痛感しました。

第115回 今どきの学生さん

先日、京都産業大学 理事・副学長の大西辰彦氏の文章を読みました。氏はゼミなどを通じ、今どきの学生さんの実態をご存知で、とても参考になりました。

現在、社会人1年目として働いている若者は、正にゆとり教育世代です。彼らの一般的な特徴は、次の通りだそうです。まず、性格がおおらか、ゆったり構えている、素直、真面目、控え目といった長所があるようです。その半面、落ち込みやすい、常に待ちの姿勢、積極性に欠ける、対人関係が希薄、競争意識に欠ける、といった短所をあわせ持つようです。まとめると、「真面目だけどおとなしすぎる」という感じのようです。

私自身は1948年生まれで、正に団塊の世代の人間です。小学校のクラスは1学年10クラス以上はあり、1クラスの人数は55人程もありました。そんな状況ですから、何事も競争、競争という感じでした。

そんな私が今どきの学生さんの特徴を大西氏の文章から知り、驚いたことがあります。それは、バス待ちの姿です。京都産業大学は、上賀茂神社などからバスに乗って通学します。ラッシュ時になると、大勢の学生さんが列を作りますが、バスがすし詰めになることはないそうです。まだ乗り込むに十分な余裕があっても、次の15分後に来るバスのために、待つというのです。私たちの世代は、未だに「我先に乗り込む」という習性があるので、これには驚きました。

ゼミ生を見ていても、次のようなことを感じられるようです。
1.全体の空気を読み、自分の立ち位置を気にする
2.衝突を避ける傾向が強い
3.変なプライドや意地といったこだわりを持たない
4.ここ一番で何が何でもという厚かましさがない
5.対抗心を表す言葉を使わない
6.固定電話での通話が極度に苦手
7.男性よりも女性が元気

このような今どきの学生さんをヤル気にさせるには、次のようなポイントを押さえるといいようです。
1.躊躇せずにハードなミッションを与える
2.チーム制(男女比バランスも考慮)を重視する
3.全員一律に同程度のミッションを与える
4.指示した後は思い切って任せる
5.惜しみなく褒める

大西氏の文章は、現代の学生さんの気質を知る上で、とても勉強になりました。

第114回 「心配」と「心配り」

この2つの言葉は、「り」があるかないかの、たった1つの違いです。しかし、私はこの2つの言葉には、大きな違いがあることを知りました。

まず「心配」という言葉です。これは、「将来の不安について心を悩ませる」ということです。将来のことを「心配」して、あれこれ悩むことが大切なのも事実ですが、それにも限界があります。あれこれ「心配」しても、どうしようもないことが多いのです。

一方、「心配り」についてはどうでしょうか。これは今現在、周りにいる人などを気遣い、行動を起こすことです。つまり、「心配り」は将来を案じることよりも、今現在直面していることに全力を注ぐ行動なのです。

将来どうなるのか分からないことに、あれこれエネルギーを注ぐよりも、今現在できることに精一杯努力することの方が大切かもしれません。そして、今現在を精一杯生きることが、将来の不安を打ち消し、より良い未来を切り開けることになるのかもしれません。

第113回 94歳の母の大往生

私事ですが、94歳になる母が、老衰で先日他界しました。妹の自宅で、眠るような大往生で、とても幸せな最後でした。私も今まで、機会あるごとに旅行に連れて行ってあげたりと、親孝行を尽くし、思い残すことはありませんでした。

亡骸は妹の住む三島から、長年住み慣れた群馬県の榛東村まで車で移し、お葬式をしました。搬送の途中はとてもいい天気で、静岡県の辺りでは、富士山がくっきり見えました。
(写真はこちら:http://www.tsumugi.ne.jp/photo/yomoyama/20161220/html)

また、群馬県に入ると、雲一つない「上毛三山(赤城山、榛名山、妙義山)」も見ることができました。これも何か天の配剤のように感じました。

お葬式には、母が群馬にいたころボランティアでパッチワークなどを教示した、たくさんの若い女性なども来られ、とても賑やかなものとなりました。この度の件を通じ、「親孝行の大切さ」と、「生前に人の喜ぶことをする」ことの大切さをしみじみと感じました。

第112回 大学生の死亡事件

宮崎中央新聞の編集長である、水谷謹人氏の文章を読みました。

水谷氏の娘さんが通っていた大学の研究室で、朝一人の男子学生が死んでいたという事件があったそうです。彼は100㎏を超える巨漢だったそうです。検視の結果、死因は何だったと思われますか?

それは何と「栄養失調」でした。彼は決して生活に困っていたわけではありません。では、なぜそういうことになったのでしょう。

九州大学農学部の佐藤剛史先生は、毎年1年生を対象に、食生活に関する調査を行っています。それは、「1日3食を、どこで、誰と、何を食べたか」を記入してもらうというものです。その結果はというと、例えば、Aさんは昼食を抜き、夕食はコンビニ弁当。翌日は朝食抜き。Bさんの昼食はおにぎりとチョコレート。夕食はカルボナーラとコーンスープ。翌日は朝食抜き。Cさんの昼食はイタリアンバイキングでしっかり食べ、夜は饅頭とミルクティーとスナック菓子。翌朝も饅頭とスナック菓子、インスタントスープ、という具合です。自炊して作ったお弁当を持ってくる人はほとんどおらず、みんな、外食か、弁当やお総菜を買ってきて食べるという傾向です。

食べ方も、深夜12時に食べ、朝食は食べない。お腹が空いたらスマホの画面を見ながら好きな物だけダラダラ食べる。一人暮らしになったとたん、食生活は見事に崩れます。このように、食べる物もいい加減で、食べる時間も不規則というのが、現代の大学生の実態のようです。

私の大学生時代には、大学の近くに定食屋があり、そこで魚や味噌汁、野菜、白米などをバランス良く摂ることができました。そのような食事をきちんととっている場合は、体調も良かったのですが、お金がなくなり、自分でラーメンを作り、そればかりを食べるような生活を送ると、とたんに具合が悪くなり、気力も萎えることを経験しました。そのようなことから、バランスのとれた食事の大切さを学んでいきました。今の大学生が健康的に学生生活を送るには、正しい栄養学の知識と指導も大切だと感じます。

第111回 絶望の中を生き抜いた力

ヴィクトール・エミール・フランクルという人は、ドイツの精神科医で、第二次世界大戦の時、ナチスの強制収容所に送られました。彼は、その過酷な状況の中で生き抜くことができ、その経験を『夜と霧』という本に書いています。その強制収容所で生き延びた人たちは、どんな人たちだったのでしょうか。私は、歌人・カウンセラーである伊藤一彦氏の講演のダイジェスト文を読んで、とても驚きました。

普通その答は、「頑丈な人」だったと考えます。ですが、全くそうではないようです。それは、「心の繊細な人」だそうです。例えば、過酷な労働を強いられる毎日の中でも、美しい夕焼けを見て「ああ、きれいな夕焼けだ」と感動できる心の持ち主です。

人の性質として、「何かに集中しているときは、他のことは忘れられる」というものがあります。そのようなことをせず、死への不安を絶えず考え、それを打ち消そうとすればする程、逆に不安にとらわれてしまいます。そこで、困難に直面したときなどは、自分の一番好きなことをするのがいいようです。そのことに熱中すると、心が自由になります。そのようにできる人を、フランクルは「心が繊細な人」と言ったそうです。

自分自身を振り返ってみると、超多忙を極めたことや、困難に直面したことも時々ありましたが、そのような時に、テニスなどの自分の趣味が、追い詰められた自分を救ってくれたように思います。

第110回 シェアリングビジネスの問題点

皆さんは、海外で「民泊」ビジネスを展開するAirbnb(エアービーアンドビー)をご存知でしょうか。民間の人が、空いている部屋やアパートの一室などを登録しておくと、それを利用したい観光客などをAirbnbが仲介してくれる、というサービスです。

民間の人にとっては、普段は収益を生まない物件から臨時収入が得られるというメリットがあります。観光客などにとっては、一般のホテルに比べて宿泊料が2/3程度で済むので安上がり、というメリットがあります。そのような点で、このサービスはとても人気を呼んでいるそうです。

フランスでは、年間八千万人以上の観光客を集めていますが、ホテルの客室稼働率は、約60%程度と低調だそうです。その背景にはAirbnbの存在があります。パリ市内の民泊物件数は、ホテルの2倍にものぼるそうです。

しかし、このシステムには問題もあります。例えば、パリでアパートを経営している大家さんにしてみると、アパートからの家賃収入より、民泊として貸し出した方が、月間の収入の割が良いということになります。そのため、パリの家賃相場が急上昇するという事態を招いているそうです。また中には、アパートの大家さんがアパートを民泊専用にしたいがために、今居る店子を追い出しにかかっているようなケースもあるようです。

このように、シェアリングビジネスは一見、とても合理的で便利なシステムのように見えますが、いろいろな問題点も潜んでいるようです。今、世の中にはいろいろ新しいことも生まれていますが、それが今後どうなっていくかは、未知数です。私たちは、その変化にいかに柔軟に対応していくかが、問われることになるでしょう。

第109回  “こんまり”さんの「ときめき片づけ術」

皆さんは“こんまり”さんの「ときめき片づけ術」をご存知ですか? “こんまり”こと近藤麻理恵さんは、2010年に『人生がときめく片づけの魔法』を書き、世に出したところ、100万部を超えるミリオンセラーを記録しました。

また、このシリーズは海外でも好評で、累計300万部を突破しました。また、2015年には米国「TIME」誌の「最も影響力のある100人」にもノミネートされました。

この本の魅力はどこにあるのでしょうか。私も『人生がときめく片づけの魔法』が出版されたとき、人に勧められて読みました。その本の中で一番感動したことは、物の捨て方の基準がとてもシンプルであることです。それは、物を残すか捨てるかの基準は、「その物に対して心がときめくかときめかないか」ということだそうです。

例えば、ある服がとても高価な物で、1~2度しか着ていないとします。その場合、普通なら「高かったし、少ししか着ていないから、もったいないので残す」と考えがちです。でも、こんまりさんは、そのような場合であっても、「その物に対し、心がときめかなかったら捨てなさい」と説きます。

更に、物を捨てるにしても、「今までありがとう。窮屈なところに閉じ込めていてごめんね」という心が大切だと説いています。そのような考え方を発展させていくと、靴下を収納するときに、ペアとなるものと裏返してまとめることは、御法度だそうです。

つまり、「靴下は一日中激しく使われているわけである。洗濯が終わり、次の出番まではタンスの引き出しの中での休養期間である。よって、その際に靴下を結んでしまうのは、靴下にとってかわいそう。」と考えるわけです。

私はそのような考え方はとても日本人的で斬新なものだと感じます。その根底にある「物に感謝する」という考え方が、海外の人々の共感を呼んでいるのではないかと思いました。

第108回 「サービス」と「おもてなし」

私が愛読している「宮崎中央新聞」の記事を読んで知った話です。航空会社に勤務しておられた白駒さんは、「接客業」ではなく「接遇道」に携わっているのだと肝に銘じて、仕事をされていたそうです。

彼女によりますと、「接客」と「接遇」では提供するものが異なるのだそうです。「接客」とは「サービス」でありマニュアルが存在しますが、「接遇」は「おもてなし」であり、人の数だけの「おもてなし」がうまれるのだそうです。

そして、「おもてなし」というのは、単なる「ホスピタリティ」ではなく、「日本流のホスピタリティ」だというのです。それは、ドアの開閉における概念においても、日本独特のものがあるのだそうです。

ヨーロッパでは、外から部屋の中に入る場合、必ずドアを押して入るのだそうです。つまり、中から押し返せば外敵の侵入を防げるので、ドアは「閉める」ものだと思っています。しかし、日本人はドアを「開く」ものだと考えているのではないかというのです。ヨーロッパ人が「他人は敵」と思って「警戒」しているとすれば、日本人は「他人は隣人」と思って「心を開いて」いるのかもしれませんね。