第155回 進化する評価制度

ある情報誌を読んでいて、驚いたことがあります。それは、斬新な人事評価制度です。

一般に、人事評価制度は給与や賞与に連動します。しかし、それだけでは多様化する各個人を正しく評価することはできず、各社員の貢献度に対する適切な報酬を決めるには無理があります。そこで、その会社内だけで通用する仮想通貨を用いて、その不備を解消するシステムが登場しています。

例えば、めがねやサングラスのチェーン店を運営する(株)オンデーズが採用しているシステムがそれです。その会社では、例えば1ヶ月無遅刻無欠勤だと9千マイル、1年間だと3万マイルがボーナスとしてもらえます。1マイルは3円相当なので、9千マイルでは約2万7千円ということになります。

その他にも、店舗が月次売上高を達成すると、店長には3万マイル、社員には9千マイルが与えられます。また、会社に業務の改善案を出したら、500マイル、そしてそれが採用されたら1万マイルがもらえるそうです。つまり、会社に貢献すればするほど、マイルがたまるという仕組みです。

たまったマイルを利用する仕方もユニークです。ダイソンの掃除機などに引き替えられるのはもちろんのこと、乗馬の体験券や「専務と銀座の高級クラブで飲む券」などにも引き替えられます。

これらのシステムがうまく機能する裏には、スマホのアプリの力があります。つまり、たまったポイントをいつでもスマホから見ることができるという仕組みです。この仕組みは、社員のモチベーションを上げて離職率を下げるだけでなく、教育・評価・採用までが含まれた制度になっているようです。

第154回 「運・鈍・根」か「根・鈍・運」か?

先日、かつての東京オリンピックの水泳に出場し、今はセントラルスポーツの会長になっている、後藤忠治氏の記事を読みました。氏は水泳部時代、精神修養のため、北鎌倉の円覚寺に座禅修行に行きました。

そのとき、管長の朝比奈宗源氏から「人生は運・鈍・根ではない。その逆の根・鈍・運である。だから、運をつかむために、じっくり腰を据えて愚直(鈍)に、根気強く(根)努力することが大切である」と教わりました。氏は、教えを愚直に守り続けた結果、スポーツクラブを全国210カ所に展開するなど、その事業を拡大することに成功しました。

また、後藤氏と同じように愚直に努力した結果、運をつかんだ例が、1988年ソウルオリンピックの男子100メートル背泳ぎで金メダルをとった鈴木大地氏(現スポーツ庁長官)です。当時、氏は優勝候補ではありませんでした。しかし、優勝を狙うためにある秘策を練り、それを徹底的に練習しました。それは、スタート後に水中にもぐりドルフィンキックで進む、「バサロ泳法」を徹底的に磨くことでした。そのために、バサロを息継ぎせず、100メートルも続ける練習を行ったそうです。そして決勝では、バサロを行う距離を25メートルから30メートルへと伸ばす作戦をとり、それが見事に成功して優勝しました。まさに鈍と根が運を引き寄せた結果です。

さて、私が驚いたのはそのバサロのことだけではありません。鈴木氏は決勝に向けて、爪を5ミリ近くも伸ばしていたそうです。氏は、最後のタッチで「その爪をはがしてもいい」という覚悟で臨んでいました。そして結果はというと、2位との差はわずか1.5センチだったそうです。私はこれを知って、「超一流の人は、そこまで考えそこまで覚悟して実行するのか。自分の今のしている努力や行動は、まだ甘いものだ」と感じました。

第153回 英語?それとも国語?

今、教育の世界では、読む、聞く、話す、書く、の英語四技能の話題でいっぱいです。また、それらにまつわる、いろいろなシステムやソフトがたくさん出回っています。果たして、そのブームにどんどん乗っていくことは正解なのでしょうか。

話は変わりますが、私は原稿を書いたり、メールの返事をするのに、アイフォンの音声入力を使っており、とても重宝しています。この機能を使うと、ただしゃべるだけでその内容が次々と文字に変わるので、とても便利です。更にその変換能力は、年々向上していると感じます。多分その原因は、数多くの音声データが蓄積され、AIなどが使われて、その正確さが増しているからでしょう。

これに関連して、自動翻訳機能も進化していると聞きます。つまり、日本語をしゃべると、その内容がそのまま他の言語に変換され、音声を通じて相手に伝わるというシステムです。これがどんどん変化し、普及していくと、どんなことが起きるでしょう。

「もしかして」というレベルの話ですが、何年かすると、何年間もかけて学んできた英語の力が不要になるかもしれません。それはちょうど、車の自動運転に似ていることでしょう。車の自動運転が普及すれば、時間とお金をかけて教習所で運転技術を学ぶことが不要となり、誰でも車を運転できる世の中が訪れることでしょう。英語の世界はそれと似てくるかもしれません。

それよりも私は、子ども達がこれからの世の中で必要とされるものは、「国語力」だと思います。最近の子ども達は、何でも「ヤバイ」という言葉で済ませてしまうような傾向があるようです。私は、子ども達の語彙の不足は、人間が動物に近くなってきている警鐘のように思い、とても危機感を感じます。英語を含む全ての学問の根底は、国語力にあるのではないでしょうか。

2000年にノーベル化学賞を受賞した白川英樹氏は、IBMのWebメディア「無限大」に「日本にノーベル賞受賞者が多いのは、日本語で学んでいるからだ。」と答えているそうです。

また、作家の丸谷才一氏は、「日本語を伝達のための道具として使うことも大切だが、思考のための道具として使うことが、より大切である」と述べておられるそうです。

英語も大切ですが、母語でしっかり学び、深く核心を突く考えを身につけるためにも、もっと国語力を磨くことに力を入れてもいいのかもしれません。

第152回 驚異的な縄文時代

以前、私は青森市にある三内丸山遺跡を訪ねたことがあります。その遺跡は日本最大級の縄文遺跡群です。

その頃はまだ、稲作は日本に入ってきていませんでした。そのかわり、縄文人はたくさんの栗の木を植え、栗の実を常食にしていました。また近くには海があり、魚や貝はもちろんのこと、あわびなどもとって食べていました。さらに山では小動物をとり、それもタンパク源としていました。縄文人の住まいは、家族単位で住む竪穴住居ですが、その他として、会合や祭祀用につくられたと思われる大きな建物もあります。

このような遺跡や縄文人の生活を知ると、彼らがとても豊かに平和に暮らしていたことがわかります。そして、このような縄文時代が一万数千年も続いたという事実も驚きです。

先日、ある新聞で宮崎県西都市の考古博物館にある歴史年表のことを知りました。その年表は25mもあり、1㎝が10年、10㎝が1世紀として刻まれています。「民族の20世紀」「帝国の19世紀」「庶民の18世紀」「鎖国の17世紀」などは皆10㎝の長さです。400年続いた「古墳時代」は40㎝、一千年続いた「弥生時代」でも1mです。それに比べて「縄文時代」の長さは何と十数mに及びます。そんなに長い間、争いのない平和な時代が続いたのです。

この事実を知って、私は「文明の進化とは何なのだろう」とか「人々の本当の平和や幸せとは何なのだろう」と考えさせられてしまいました。

第151回 植物や人間の健康度

庭で野菜を育てていると、植物を通じて、いろいろなことを感じることができます。その1つに、植物の健康度があります。植物は、もちろんしゃべることはできませんから、育てている人に向かって、「水が足りないので補給して下さい。」などと訴えることはできません。

その代わりとして、植物は、葉の色や様子でそれを知らせます。例えば、葉が普通より濃い色をしていたらそれは肥料のやり過ぎ、などです。熟練した農家の人などは、植物をよく観察し、その調整を上手にしているのだろうと、最近気付きました。

これは、植物に限らず、人間にもあてはまることでしょう。子どもやスタッフの人は、親や上司に対して、なかなか本音をぶつけることがしにくいことでしょう。そのために、親や上司は子どもやスタッフの人に対して、顔色や様子をいつも見守っていてあげることが大切だと感じます。

私自身もそうですが、人間はついつい忙しさにかまけたりして、自分のことだけで精一杯になり、他人への配慮はおろそかになりがちなものです。忙しく自分に余裕がないときでも、いつも大切な相手の顔色や様子をじっくり観察し、何か変化があったら声をかけてあげることが、とても大切だと感じます。

第150回 言葉の変遷

ある新聞のコラムで、梯(かけはし)久美子氏(1961年生まれ)のエッセーを読みました。そこでは、ここ半世紀にわたる言葉の変遷が書かれており、とても興味深く読みました。

例えば、今は「ハンガー」とよぶのがあたりまえになっていますが、確かに私の小さい頃は「衣紋(えもん)掛け」とよんでいました。また、「スプーン」は「お匙(さじ)」でした。梯氏は私より13歳年下ですが、同年代の懐かしさを感じました。

その他にも「コーヒーカップ」は昔は「コーヒー茶碗(ぢゃわん)」とよんでいたし、「ジーンズ」は「ジーパン」でした。今は「ネイル」ですが、昔は「マニキュア」でした。今「マニキュア」などという言葉を使うと、笑われてしまうかもしれません。

さて、これからどうなるかと氏が注目している言葉が「フライヤー」だそうです。私がこの言葉に初めて出会ったのは数年前ですが、最初はこの言葉の意味がわかりませんでした。「何か飛ぶもの?」という感じでした。よく調べると、「チラシ」のことだと知って、なぜ「チラシ」ではだめなんだろうと思いました。今の若い人の感覚では、「チラシ」はださいイメージで、「フライヤー」ならかっこいい響きがあるからかもしれません。

言葉の変遷について、もっといろいろ調べてみると、おもしろいかもしれないと感じました。

第149回 すごい人

宮城県仙台市にある福聚山慈眼寺で住職をされている、塩沼亮潤さんという方をご存知でしょうか。氏は、小学5年のとき、テレビ番組で酒井雄哉師が挑んだ「千日回峰行」を知ったそうです。そして、「いつか自分も!」と思い、高校卒業後、奈良県吉野の金峯山寺で出家しました。

そして23歳のとき、大峯千日回峰行に臨みました。これは、金峯山寺から24㎞先にある山上ヶ岳頂上まで、標高差1355mの山道を往復48㎞、千日歩き続けるという修行です。毎朝午前0時半に、おにぎりを2個だけ持ち、春でも氷点下となる山頂まで向かいます。足の爪は割れ、時には極限状態の中で、幻影を見たりするそうです。これらに打ち勝ち、氏は1999年に大峯山1300年の歴史で2人目となる満行を達成しました。

この事実を知って私は、昔6月に登った標高1721mの、北海道にある利尻山登山を想い出しました。登る高さは同じくらいで、6月といえども、8合目より上は吹雪で、前も見えない程でした。ガイドさんについてもらい、完璧な装備をしていても、足が雪に埋もれたり、強い風で体温が奪われたりと、大変な思いをしました。とても厳しい山行で、朝4時出発で、帰り着いたのは夕方の4時でした。

登山終了後、ガイドさんからは、「これができたんだから、あとはどんな山でも登れるよ」と褒めていただきました。帰ってから宿ではゆっくり風呂に入り、おいしい夕食に舌鼓を打ちました。

一方、塩沼氏は、このような山行を1年のうち4ヶ月ぶっ続けで行い、9年間かけて達成したのです。私は、前述のような利尻山登山の経験があるだけに、氏が行った修行のすごさをひしひしと感じました。

第148回 家庭菜園

私の菜園では、インゲンなどの収穫が終わり、秋からの収穫に向けての種蒔きなどを始めました。 私は毎日、畑から少しずつ大葉やバジルの葉を摘み取り、それをサラダにして食べています。毎日とりたての野菜を食べることが、健康維持につながっているように思います。

家庭菜園をしていると、50代から90歳の手前まで、同じように家庭菜園をしていた母のことが想い出されます。畑作りは、毎年の気候や諸条件によって収穫が変わります。

母は、毎年毎年その結果を見て、「よし、来年こそもっとうまく収穫してみせる」と決意し、いろいろな工夫を凝らして次のシーズンに向かっていました。その向上心や情熱が、長生きの秘訣だったのかもしれません。私もそれを見習って、畑作りの名人を目指していきたいと思います。

第147回 残念な会社

去年、気に入ったあるブランドの、テニスの帽子をデパートで買いました。テニスの度にそれをかぶっていましたが、1年経つと、日の光と汗で変色して、みるも無残な色になってしまいました。

それを持ってその店に相談に行くと、研究室へその帽子を送るので返事は1ヶ月待ってくれ、とのことでした。そのブランドの店員さんは、あたかも「炎天下で汗を流してプレーし、その後、帽子を洗わないあなたが悪い」という対応でした。

1ヶ月近くたって、またその店員さんから電話がありました。やはり、汗をかいたまま帽子を洗濯しなかった私に責任がある、との返事でした。私は半分あきれて「分かりました」と引き下がりました。

電話の後、自分がその会社の社長なら、どういうことを考え対応するだろうと考えました。その帽子は、炎天下で汗をかく条件下で使われることは自明です。なぜそれを分かっていながら、素材や染料を決めたのでしょうか。耐久性より、デザインやコスト優先だったのかもしれません。

また、お客への対応も前述のようでいいのでしょうか。少なくとも私は二度とそのブランドの店で品物を買うことはありません。
何かお客様からクレームがあったとき、会社がそれをどう受け止め、どういう対応をとるかということの大切さを痛感しました。

第146回 最近読んだ面白い本

私は休みの間に『バッタを倒しにアフリカへ』前野ウルド浩太郎 著〈光文社新書〉という本を読みました。私自身は理科系出身であるために、観察や実験に慣れ親しんでいます。また、大学時代には、ヨーロッパ放浪をしたことがあるため、貧乏旅行や現地の人々との交流などに馴染みがあります。

この本は、ポスドクの著者が、背水の陣を敷いてアフリカにバッタ研究に行く話で、読み始めたら止まらないくらい面白いものでした。将来、研究者を目指す高校生にもお勧めの本だと感じました。