第266回 「なんくるないさー」

皆さんはこの言葉をご存知ですか。これは、沖縄の方言です。沖縄の人は、全体的に楽天的な性格の人が多いので、私は今までこの言葉を「何とかなるさ」という意味だと捉えていました。

しかし、先日の「倫理法人会」の新聞記事を読んで、それは大きな間違いだと知りました。その意味は、「まことをふみ行っていけば、自然にあるべき方向に導かれていくものだ。」ということだそうです。

沖縄は、太平洋戦争のとき、大きな被害を受けました。そのような悲惨な状況の中でも、沖縄の方々は、「なんくるないさー」を合い言葉に未来を信じ、希望を失わずに復興に邁進されたことでしょう。世界中の全ての人が、「なんくるないさー」の精神を信じ、実践していけば、もっと世の中が良くなるだろうと感じました。

第265回 『あふれでたのはやさしさだった』

私は、教材展示会に参加しながら、奈良少年刑務所で「絵本と詩の教室」を開いた寮 美千子氏が書いた『あふれでたのはやさしさだった』という本を読みました。この本を知ったのは、ある人から紹介してもらった「日本講演新聞(旧:宮崎中央新聞)」に載っていたためです。

皆さんは、いわゆる凶悪犯罪を犯した少年が入る「少年刑務所」にいる子ども達について、どのような印象をもたれますか。一般的には「がさつで凶暴」「恐い」「何を考えているのかわからない恐ろしい人間」などの印象を持たれることでしょう。著者は、とあるきっかけから、その刑務所を訪れました。そしてその後、少年達のために「絵本と詩の教室」の講師を引き受けます。著者は、怖々とその少年達と接しているうちに、その少年達は次のような環境で育ってきたことを知ります。

・想像を絶する貧困の中で育ってきた。

・親から激しい虐待を受けてきた。

・学校でいじめられてきた。

など…。そして、それぞれが自分を守ろうとして、次のような自分なりの鎧を身につけていることも発見します。

・いつも無意味に笑っている。

・わざとふんぞり返る。

・殻に閉じこもる。

・くだらない冗談を連発する。

など…。

そんな彼らは、自分自身の感情もわからないほどに、心の扉を固く閉ざしています。著者は、奈良少年刑務所で足かけ10年にわたり、その教室を開き、彼らの心の扉を開けるきっかけを作ってきました。そんな彼らがその鎧を脱ぎ捨て、心の扉を開けたとたん、あふれでてきたのは、やさしさでした。重い罪を犯した人間でも、心の底に眠っていたのはやさしさでした。

本当は、誰もが愛されたいし、愛したい。人間って、本当はいい生き物なんだ、と著者は気付きます。詳しくは本書に譲りますが、私は、最近読んだ本の中でも、とびきりこの本に感動しました。そして、是非、子どもの教育に関わる全ての人(父母、学校の教師、塾の講師の方々など)に、読んでほしいものだと感じました。

この本を読んで、私自身が塾をしていた頃の生徒への接し方を思い出すと、「何て無知で未熟なことをしてきてしまったのだろう」と反省しきりでした。例えば、この教室で心を開き、次のような詩を書いた子どもがいます。

「ひとつのこと」

ひとつのことでも

なかなか思うようにいかないから

ぼくは

ひとつのことを

一生けんめいやっています。

どのような子がこの詩を書いたか、想像がつきますか。強盗殺人やレイプをしたような少年が書いたと信じられますか。これは、発達障がいがあり、大きな罪を犯してしまった子の詩です。発達障がいは、心の働きに関する障がいのため、目に見えにくく、理解もされにくいものです。そのため、親もいらだってしつけようとします。それが一線を越えると「虐待」になったりします。本人はさぼっているわけでも、わざと反抗しているわけでもなく、本人なりに頑張っているのが、そのありのままの姿です。しかし、絶えず「みんなにできることが、あなたにはどうしてできないの」と言われ続けると、自己肯定感がどんどん低くなり、それが、引きこもり、自傷、家庭内暴力、非行などにつながっていきます。

このようなことは、大なり小なり、どの子どもにも当てはまるのではないでしょうか。例えば、中学入試を目指している裕福な家庭の子どもの中にもあるかもしれません。今回の文章は、特に長くなってしまい恐縮ですが、私はこの本から、ここではとうてい言い尽くせないほど多くのことを、考えさせられました。

第264回 男の子の育て方

開成高校は、東大合格者数38年連続1位に輝いている学校です。先日私は、その学校の校長先生で、東大の名誉教授もされている、柳沢幸雄氏が書いた「男の子の『自己肯定感』を高める育て方」〈実務教育出版〉という本を読みました。

その本には「なるほど!」と思う点がいくつも書かれており、とても参考になりました。例えば、「子は親の鏡」という言葉の解釈です。氏は「単なる『鏡』ではなく、ある部分を非常に『肥大化させて写す鏡』である」と捉えています。つまり、親が無意識に「私はたいした人間ではありません」などと、「謙遜の文化」をもって日々生活していたとすると、子どもはそれをさらに肥大化して受け継いでしまうとのことです。子どもがそのような考えに強く染まってしまえば、将来大きく伸びるであろう芽を、幼いうちから摘んでしまうことになります。

今の日本の世の中には、「謙遜の文化」がはびこっています。例えば「~させていただきます」という表現です。最近よく「大会に出場させていただいて」とか「この会議に出席させていただいて」などの言葉を耳にします。私は常日頃、「なぜ『大会に出場して』、『会議に出席して』と言わないのだろうか」と疑問に思っていましたが、氏は、そこに「日本人は集団との予定調和のつながりの中で生きている」ことがわかると述べています。このような風潮の中で子育てをしてしまうと、子どもは大きく伸びないようです。

ここで大切なことは、子どもに「自己肯定感」を持たせることのようです。そのためには、「物事のプラス面を見る、失敗してもチャレンジできる、人を褒めることができる」などの資質を親がしっかりと持ち、それを子育てに応用することのようです。例えば、次のようなシーンを考えるとよくわかります。ファミレスで5歳くらいの子が、ドリンクバーからジュースを自分で運んでいたとします。しかし、そのジュースをなみなみと注いでしまったために、歩いている途中でこぼしてしまいました。1人のお母さんは「もう!だから1人で取りに行くのは無理って言ったでしょ。お母さんが取ってきてあげるから、そこに座っていなさい!」と言いました。もう1人のお母さんは、店の人に謝った後、「じゃあどうしたらこぼさずに運べるか、一緒に考えてみよう」と言って、どのくらいまで注いだらよいかを教え、そのジュースを子どもに持たせ、無事に席まで運ばせました。子どもが「やった!自分1人でもできた。ぼくはすごい!」という「自己肯定感」を持てるようになるのは、後者の方です。

開成中学・高校では入学直後から、高3生から中1生までが混在するチームを作り、そのチームを中心にして、いろいろな行事を行うそうです。そして、その行事の中で「自己肯定感」を養ったり、「人は違って、みんないい」という感覚を養ったりしているそうです。詳しくは本書に譲りますが、この本は特に、「思春期の男の子との接し方に悩んでいる母親」が読まれると、とても参考になるのではないかと感じました。

第263回 30年のリズム感

私は、ある記事を通じ、以下の「30年のリズム感」という歴史のとらえ方を知り、とても興味を覚えました。このアイディアは、「論語とそろばん」を説き、資本主義の父と呼ばれた渋沢栄一氏の玄孫である渋沢健氏によって、提唱されたものです。

それによると、各時代は次のようにとらえられるそうです。

1870年~1900年 江戸時代の常識が破壊された「破壊の30年」

1900年~1930年 日露戦争に象徴される新興国日本が先進国に仲間入りする「繁栄の30年」

1930年~1960年 第二次世界大戦に代表される戦争の時代となった「破壊の30年」

1960年~1990年 高度経済成長期でありジャパン・アズ・NO.1と言われた「繁栄の30年」

1990年~2020年 バブル崩壊から失われた数十年と言われる「破壊の30年」

これらは陰陽の関係にあり、60年が一周期となっているとのことです。このリズム感で行けば、2020年~2050年の「繁栄の30年」となりそうですが、皆様の感覚ではいかがでしょうか。いずれにしても、2020年から世界が平和に向かうよう、願いたいものです。

第262回 「東大脳」をつくるには?

私は先日、脳医学者である瀧靖之氏の、東大脳を作るにはどうしたらよいか、についての講演のダイジェストを読みました。東大生の子どもの頃には共通点があるそうです。それは、「熱中体験」だそうです。例えば、「スポーツ観戦が好きで、それに熱中しているうちにデータ分析ができるようになった」とか、「英語の歌が好きで、それをうたっているうちに英語が得意になった」などです。

私は理科系出身ですが、私自身の子どもの頃を振り返ってみても、利根川での川遊びなどを通じて、動植物や自然のことに熱中した覚えがあります。「何かに熱中する」と、自主的に本で調べてみたり考えたりするので、そのプロセスが勉強にも共通するようです。

また、東大生は一般的に家族と仲良しで、会話も多いようです。また、勉強は自然な形でリビングでさっと取りかかる、などの傾向もあるようです。また、東大生の家族は、「勉強しなさい」と勉強を強要するのではなく、「勉強は好きなときにやりなさい」とか、「自分の人生は自分で決めるといいよ」などと、子どもの自律を促すようなリードをする傾向が高いようです。

話は変わりますが、箱根駅伝では原監督率いる青学大が優勝しましたが、この勝因も「自立心」や「自分たちで考える習慣」が大きいようです。青学大は、2004年当時は箱根駅伝の予選会さえ通過できないような弱小チームでした。2008年にようやく予選会を突破し、徐々に強くなっていきました。原監督は、「強いチームを作る上での監督の役割は?」という質問をよく受けるそうですが、その答は「監督が指示を出さなくても、部員それぞれがやるべきことを考えて実行できるチームにすること」だそうです。

塾においても会社においても、このようなチームを作ることが大切なようです。

第261回 書く力をつける

私は今、コピーライターである梅田悟司氏が書かれた『気持ちを言葉にできる魔法のノート』〈日本経済新聞出版者〉を読んでいます。この本を読もうと思ったきっかけは、先日、『作文・小論文の名人』というテキストを出版したこともあり、「上手に文を書くことの本質は何か」ということを突き詰めたい、との想いからです。

この本を読んでいて新鮮に感じたことは、「言葉には『内なる言葉』と『外に向かう言葉』がある」ということです。文を書く上で大切なことは、自分の中から『内なる言葉』をたくさん引き出すことのようです。

詳しくは本書に譲りますが、例えば「将来なりたい職業」という題に対し、「医者になる」というテーマで作文を書くとします。そのとき大切なことは、まず『内なる言葉』を使って、「私はなぜ医者になりたいと思っているのだろうか」とか、「医者になって何をしたいと思うのか」などと、自分に問いかけることのようです。次に、それらを相手に通じるように整理して、まとめます。最後に、それを『外なる言葉』で表現すれば「できあがり」とのことです。

この一連の流れの中で最も大切なことは、「『内なる言葉』で自分自身に質問し、それに答えていくことのようです。それが即ち、「考える」ということになるのかもしれません。「最近の子ども達は考えることをしない」などという声も聞かれます。大人も子どももスマホなどに振り回されて、『内なる言葉』と向き合う時間が昔より減っていることも、その一因としてあるのでしょうか。

と、ここまで文章を書いてきて、「やはり!」と感じました。ここまで書くのに30分ほどを要していますが、これまでの私の頭の中は「どうしたら読み手にわかりやすく、本のエッセンスを伝えられるだろうか」とか、「『内なる言葉』の本質は何なのだろうか」とかの質問に答えること、つまり「考える」ことで一杯でした。

他の生物と違って、人間だけが「考える」ことができる動物です。私としては、ますます「考える」ことを習慣とし、より自分を深めていきたいと思います。

第260回 変化する中国

私は、ある経営コンサルタントの方の記事を読んで衝撃を受けました。以下は、それをもとにした私のレポートです。

中国は一党独裁の国なので、国家戦略も法律も国民の同意を得ずに変えられます。そこで、中国はその強みを生かして、14億人という膨大な国民を使い、他国にはできない「総デジタル化」という社会を変える実証実験を進めているそうです。米国の調査会社IDCの報告書によると、中国の監視カメラは、2020年までに27億6千万台に達するそうです。これは、日本の500万台と比べると桁違いな数です。これによって、中国では歩行者だけでなく、自動車、電車、飛行機などの位置情報も全て収集されているとのことです。

これらの設備と顔認証システムによって、個人が特定され、誰がいつどこを歩いていたのかまでもわかってしまうそうです。その一例として、6万人の観衆が集まるコンサートで、警察官が自分の顔にかけている顔認証サングラスを使って逃亡犯を捕まえる、というような場面も生まれています。

また中国では、自動運転の実験も積極的に行われているようです。自動運転車が普及すると、自家用車が不要になり、駐車場もいらなくなり、渋滞も交通事故もなくなるとのことです。

また、中国では出前も進化していて、GPS付きのスマホで料理を注文すれば、その人がどこにいても、その人のいるところにその出前が届くそうです。このシステムに自動運転が加わったらどうなるのでしょうか。これから中国を先頭として、世の中はどのように変化していくのでしょうか。

第259回 文章作れぬ若者

2019年12月3日に、OECDが行った学習到達度調査(PISA)〈2018年調査〉の結果が発表されました。それによると、日本の15歳の読解力は、15年調査の8位から15位に後退しました。翌日の読売新聞では、一面トップに「文章作れぬ若者」という記事が載りました。

大手予備校の現代文講師である小池陽滋さんは、ある受験生から提出された要約文を読んで、「またか」とため息をついたそうです。そこには「この公園には滑り台をする」と書かれていたとのことです。こうした「主語・述語が不明確で、意味が通じない」文章は、近年特に目に付くそうです。中には、原稿用紙2枚分の作文を、全て「、」でつなげ、一文で書いてきた高校生もいるそうです。

この原因の1つには、SNSの普及があると考えられています。スマホを使って友人らと短文をやりとりする「LINE」などの利用が広まっています。それを利用すると、「スタンプ」だけでも感情を表すことができます。このようなことばかりしていると、正しい日本語に触れる機会も減り、言葉の乱れに通じるとも考えられます。企業からも「若手社員の作った社内文書がわかりにくい」という声が高まっているようです。

当社では数年前から、子ども達の読解力が落ちていることや、文を書く力が衰えていることを危惧してきました。そこで、『読解はかせ』や今回新発売の『作文・小論文の名人』などの開発に力を入れてきました。これからは、これらの教材も利用していただき、子ども達の国語力が元通りになることを願うばかりです。

第258回 これからの経営方法

先日、知人のお子さんで、大学2回生の女子学生と話す機会がありました。彼女は、京都の祗園にある、ある高級料亭でアルバイトをしています。そこは、礼儀作法に厳しく、それはそれなりに勉強になるようです。そこの社長さんは、職人上がりの厳しい人のようで、アルバイトにも高度なことを要求するとのことです。

例えば、一品一品の料理の説明です。コース料理の突き出しに5品出たとしたら、それぞれについて、その材料などをお客さんに説明するのが義務づけられているとのことです。そのため、アルバイトは入店と同時にその説明を覚えさせられます。そして、それを覚えられた段階で、タイムカードの打刻を許されるそうです。また、研修期間は3ヶ月ですが、ある基準に達しないと、6ヶ月に伸ばされ、それまでは少し低い時給のままだそうです。仕事ぶりも、正社員並のレベルと店への忠誠を求められるとのことです。

このような職場環境のため、向上心や根性のあるアルバイトは長続きするようですが、多くのアルバイトは次々に辞めていってしまうとのことでした。社長さんとしては、アルバイトに仕事や社会の厳しさを覚えさせたいとの想いがあるのでしょうが、現実問題としては、この人手不足の世の中を考えると、厳しい経営法だなと感じました。

この話を聞いていて、「私ならどうするかな」と考えました。一つの方法として、「楽しい雰囲気の中で、アルバイト達の能力をアップさせ、社長さんもアルバイト達も喜ぶ」という道が考えられないでしょうか。例えば、前述の料理を覚える件では、その暗記をゲーム形式にしてしまうなどです。何分以内に覚えられたらポイントが加算され、そのポイントがボーナスになる、などの工夫です。このようにすれば、アルバイト達は早く覚えようと必死になるし、同時に能力もアップすることでしょう。また、経営側にとっても、ワイワイと楽しい雰囲気の中で、アルバイト達のスピードアップや能力の向上が期待出来ます。そして、それらの方法が定着率のアップにつながるかもしれません。職場を大学のサークルのような雰囲気にして、アルバイト達のやる気アップや能力向上を図るという経営方法も、これからの時代には大切なように思います。

第257回 「9時10分前」という言葉の意味

先日、健康社会学者(Ph.D.)である河合薫氏の文章を読みました。氏の講演会後の懇親会で、管理職達の「20代の社員達の日本語能力低下に悩まされている」という話で盛り上がったそうです。

例えば、ある管理職が主催した9時スタートの研修会では、5分、10分の遅刻をする社員が多かったそうです。そのため、「次回からは、必ず9時10分前には集合しているように」と注意したそうです。すると、その言葉に対してキョトンとした顔をする人もいたそうです。そこでその人は、「まさか」とは思いつつも、「8時50分に来ること」と補足して伝えると、「あっ、そういうことか」と返されたそうです。

その話が出ると、次から次へと同じような話が飛び出したそうです。例えば、「部下に『そのタスクは結構骨が折れるから覚悟しておけよ』と言ったら、『え、それって肉体労働なんですか』と返された」などです。

河合氏は、そのような「日本語能力低下の原因」として、「小学生時代に読書の習慣をもたない」ことを挙げています。小学生時代に読書習慣をつけておかないと、中学、高校と進むにつれ、ますます本を読まなくなるようです。