第180回 ツタンカーメンのエンドウ豆

京都では日増しに暖かくなり、私の家の庭の野菜たちも、グングン成長しています。
毎日畑から取れるホウレンソウ、カラシナ、ルッコラ、シロナなどの葉をミックスしたサラダは、とても重宝しています。最近は、パクチー(コリアンダー)も収穫しており、そのパンチのきいたにおいと味が、癖になってしまいました。

また、塀に沿って並べたプランターには、スナップエンドウと、知人からもらったツタンカーメンのエンドウ豆を植えています。去年の秋に発芽し、寒い冬を乗り切ったエンドウたちはようやく花を咲かせ、実も大きくなり始めています。
写真はこちら:http://www.tsumugi.ne.jp/photo/yomoyama/20180423.html

薄紫色をした花が咲き、濃い紫色のさやをつけたエンドウ豆は、古代エジプトのツタンカーメン王の墓から出土した豆の子孫と言われています。三千年も大昔の豆がはたして生きていたのかどうかは不明ですが、何ともロマンを感じさせてくれる豆です。このエンドウ豆のさやは、濃い紫色ですが、豆は緑色になるそうです。そして、その豆を豆御飯にして炊くと、今度はその豆御飯がうっすらと赤身を帯び、赤飯のようになるそうです。何とも不思議な豆ですね。収穫がとても楽しみです。

一方、普通のスナップエンドウは白い花をつけ、さやごと食べられます。こちらも毎日少しずつ収穫し、茹でて何かの料理の付け合わせにして食べようと思います。

何かと手間暇かかる家庭菜園ですが、売っている野菜にはない楽しみもあり、忙しい中にもかかわらず、ついつい夢中になってしまう今日この頃です。

第179回 「卍」は寺院を表す記号?

四月八日はお釈迦様の誕生日とされ、お寺ではその日に小さな仏像に甘茶などを注いで、洗い清めます。一般にはその日を「花まつり」と呼び、甘茶などがふるまわれます。

かつて日本は敬虔な仏教国家で、花まつりの日はとても重要でした。しかし今では、ケーキやプレゼントという楽しみがあるキリストの誕生日の方が、ずっと盛大です。これを見ても、日本とは何とも不思議な国だと感じます。

さて、地図では寺院を表す記号として「卍」が使われます。調べて見るとわかりますが、これは記号ではなく、れっきとした漢字です。最初、卍は古代インドの記号だったようですが、中国に伝わって、「吉祥万徳」の意味の漢字として使われるようになったとのことです。

身近なところにも、いろいろ興味深いものがあるものです。

第178回 ゆっくりお風呂に入りましょう

先日、新聞でおもしろい記事を見つけました。京大霊長類研究所のラファエラ・サユリ・タケシタ研究員らのチームが書いた論文です。

皆様は長野県山ノ内町の地獄谷野猿公苑の「温泉に入るサル」をご覧になったことはあるでしょうか。私は昔、京都から群馬の田舎に帰る途中、そこに寄ってそのサルたちを見たことがあります。何ともユーモラスな風景でした。

そのサルたちの種類は、ニホンザルです。ニホンザルは世界で最も北に住むサルで、そのサルたちが冬に頻繁に温泉に入るのは、「体を温めるのが目的」とされてきました。ところが今回の分析結果によると、それだけではないというのです。

研究チームは冬に入浴したサルとそうでないサルとを分け、その糞に含まれるストレスホルモンの濃度を観測しました。すると、入浴したサルの方が、その濃度が低いことがわかりました。また、入浴した猿の方が、春に子どもがよく生まれることもわかりました。

このことから、「サルの入浴は冬の寒さによるストレスを緩和し、繁殖や生存の可能性を高めている」という結果が得られたそうです。
私は毎日、風呂で半身浴をしながら20分くらいは読書をするのを習慣にしていますが、この結果を知って、ますますその習慣を続けようという気になりました。

第177回 ある結婚式に参加して感じたこと

私は先日、友人の息子さんの結婚式に出席しました。そこで驚いたことは、「いかに来場者にサプライズを与え、楽しんでもらうか」に徹していたことです。式場の中の至る所、例えばトイレの中にも、来場者への歓迎のメッセージが書かれた自分たちの前撮りの写真が飾られている、などです。披露宴も冒頭に「皆さん、今日は大いに楽しんで下さい」という新郎新婦の挨拶があったきりで、来賓の長々とした祝辞は一切ありませんでした。

また、披露宴の途中で、何か歌などの出し物はないのかな、と思っていると、最後の最後に沖縄の三線の歌い手さんが登場して盛り上げ、ついには皆一斉に立ち上がり、それに合わせて式場の周りを踊り回るなどのハプニングもありました。
これらのことを通じ、何事につけても自分たち中心でなく、いかに相手の気持ちを考え、喜んでもらうかという相手目線が大切であると、つくづくと感じました。