第201回 魚が朝と夕方に良く釣れるのはなぜ?

上記の質問に対し、皆様は何と答えますか。私は、「魚も人間と同じく、朝や夕方にお腹がすくのだろう。だから、その時間帯に釣り竿にエサをつけて海に投げれば、魚が食いついてくるのだろう。」と考えていました。しかし、ある記事を読んでいて、それは浅はかな考えだと知り、自分の無知さを恥ずかしく思いました。正しくは次の通りだそうです。

夜明けの頃、海の中の様子は次の通りです。
① 海中には植物プランクトンと動物プランクトンがいる。
② 朝、空が明るくなると、植物プランクトンが太陽の光を使って光合成をしようと、浮上してくる。
③ それらの植物プランクトンを追って、動物プランクトンが集まってくる。
④ それを食べようと小魚が集まり、さらに大きな魚も集まってくる。

では、夕方はどうでしょうか。夕方頃の海の様子は次の通りです。
① 夕方になり、太陽の光が弱まると、日光を嫌う夜行性の動物プランクトンが活動を始める。
② すると、それを食べようとする小魚が集まり、さらに大きな魚も集まってくる。

いかがでしょうか。私は、海中におけるこのような食物連鎖を知って、とても興味深く感じました。

第200回 『信長はなぜ葬られたのか』

先日、上記の本を読みました。皆様は信長が明智光秀によって殺された背景や経緯について、どのように捉えておられますか。

中学校の教科書などでは、単に「光秀が信長を裏切って殺した」くらいにしか書いてありません。しかし、この事件について深く考えてみれば、奇妙なことだらけではないでしょうか。光秀にしても、そのような大それたことを一時的な感情だけで行うわけはありません。また、もしこの事件が突然起こったことだとしたら、秀吉の中国大返しなどという大技は果たして可能だったでしょうか。そのように考えると、秀吉は予めそのような事件が起きることを把握していたと考える方が自然ではないでしょうか。

この本では、室町幕府の足利義昭・朝廷側の思惑、秀吉の駆け引きなどが詳しく書かれています。もちろん、それらは著者が色々な文献を読み込み、研究した結果であり、そこに書いてあることが真実であるかはわかりません。しかし、ここに書かれていることを読むと、この事件は光秀の発作的な行動ではなく、裏に潜む複雑な関係の中で起きたものだと感じられます。それに加え、この時代を考える上で欠かすことのできない存在が、イエズス会やキリシタン勢力です。これらの存在も、信長や秀吉と深く関わっていたことがわかります。

ところで皆様は、この時代に多くの日本人女性が奴隷としてヨーロッパに売られて行ったという事実をご存知ですか。日本人にとって、「奴隷」というと、アフリカとヨーロッパやアメリカの話だと感じ、日本には関係ないと思うことでしょう。しかし、信長や秀吉の頃の日本では、数多く、日本人女性が奴隷としてヨーロッパに売られて行ったのです。そして、その悲惨な有様は、ヨーロッパに渡った天正遣欧使節の少年たちも目にしているのです。

その事実は、「鉄砲が日本に入ってきた」ことに大いに関係しています。確かに、鉄砲は日本国内の堺などで作れるようになりました。しかし、鉄砲を使うためには不可欠な火薬や、その原料となる硝石、そして鉄砲の弾に使われる鉛などは輸入に頼るしかありませんでした。日本人女性は、それらと交換にヨーロッパへと売られて行ったのです。

このように、歴史を深く学んでいくとその奥深さを知ることができ、とても興味深く感じます。

第199回 太陽は何色?

もし皆さんが子どもの頃に戻って絵の中に太陽を描くとすれば、何色にしますか。外国の子どもが太陽を描くとき、その色は大概、黄色か輪郭だけつけて白のままにするそうです。

では、日本の子どもはどうでしょうか。赤色や朱色で塗ることが多いようです。

では、どうして日本人の子どもは太陽を赤色や朱色に色づけるのでしょうか。それは、日本人としての遺伝子に関係するようです。私たち日本人は、「朝日に向かって手を合わせる」などの習慣を持っています。また、仏教では、「浄土」はお釈迦様の生誕地であるインド、つまりはるか西の彼方にあると言われています。そこで、西方の極楽浄土を想い、夕日に向かって手を合わせる人もいます。どうも、「日本の子どもの描く赤い太陽」には、そんなことが関係しているようです。

第198回 野菜の名前当てクイズ

さて、今回は野菜の名前当てクイズをしましょう。皆様は以下の4枚の写真に写っている野菜の名をご存知ですか。
写真はこちら:
http://www.tsumugi.ne.jp/photo/yomoyama/20180827.html

一枚目の美しい花は何の花でしょうか。沖縄によく咲いている花と似ていませんか。これはオクラの花です。オクラはハイビスカスの仲間なのです。なお、このオクラの花は食べることができます。食べるとオクラの実と同様、ヌルヌルしています。この花が咲いた後、とんがった方が上になった形でオクラの実が生長します。

二枚目はイタリア料理の材料としてよく使われるバジル、三枚目はクレオパトラが好んで食べたと言われるモロヘイヤです。四枚目の野菜が何であるか言い当てられた方は、よほどの野菜通と言ってよいでしょう。

これはオカワカメといって、つる状の茎に肉厚の葉がつき、食べるとワカメのようにヌルッとして少し苦味のある野菜です。プランターに二株ほど植えるだけで、このような茂みになります。
これらは、どれも栄養に富んだ野菜で、私は毎朝これらを少し摘んで食べています。どの野菜もプランターで育てることができます。ご興味のある方は、来年その栽培に挑戦してみてはいかがでしょうか。

第197回 キラキラネーム

キラキラネーム(またはDQNネーム)をご存知ですか?キラキラネームとは、亜里沙(ありさ)などのような洋風でおしゃれな名前のことをいいます。またそれは、DQNネームといいます。ちなみにDQNは「ドキュン」と読むそうです。

ではキラキラネームにはどんなものがあるでしょうか。例えば「緑夢」という名があります。これは「りょくむ」と読むのではありません。「ぐりむ」と読むそうです。「緑」の音は「りょく」で訓は「みどり」のはずです。一体なぜ「緑」が「ぐり」なのでしょうか。

それは、子どもに名前をつける場合には、漢字をどのように読んでも構わないという規定があるからだそうです。

次の名はどうでしょうか。「雅龍」。「がりゅう」と読み、男の子のたくましい名を連想します。それが大違いです。「がある」と読み、女の子の名前だそうです。一体「がある」の「あ」はどこから来たのでしょうか。「頼音」はどうでしょうか。これは、音読み通り「ライオン」です。たくましい名前ですね。「姫凜」はどうでしょうか。普通に読むなら「ひめりん」か「きりん」です。何とこれは「ぷりん」と読ませるそうです。名前に使う漢字はどう読んでも構わないので、「食べたいくらいかわいい」という意味で「ぷりん」と読ませるそうです。「黄熊」はどうでしょう。黄色い熊だから「ぷうさん」だそうです。もうこれは日本語や漢字の常識を超えていますね。

これらの名をよく分析すると、大抵は外国製のかわいいものを漢字で読めるようにするというものばかりです。日本人の心の奥底には、外国に憧れる気持ちがあるのかもしれません。それにしても、こんな名前ばかりが増えると、学校の先生は朝、生徒の出席をとる際には、とても苦労することでしょう。

第196回 五つの欲求

五つの欲求と聞くと、アメリカの心理学者アブラハム・マズローの「5段階の欲求」をまず連想します。それに対し、別の見方からの「五つの欲求」もあるようです。私は、ある記事からその「五つの欲求」を知って、「なるほど、これは人のタイプを知るのにとても良い見方だ」と感じました。その「五つの欲求」は(有)志縁塾代表の大谷由里子氏が紹介しているものです。

まず一つ目は、「愛情の欲求」だそうです。この欲求が強い人は、放って置かれると機嫌が悪くなるそうです。つまり、いつも周りからの愛情を感じていたいタイプなのです。

二つ目は「承認の欲求」だそうです。この欲求が強い人は、「認められたい」「尊敬されたい」といつも思うようです。そして、人からは「頼りにしています」などの言葉を掛けられると嬉しく思います。

三つ目は「自由の欲求」です。この欲求が強い人は、自分で決めることにこだわり、人から「あれせい、これせい」と言われることを嫌います。

四つ目は「挑戦の欲求」です。この欲求が強い人は、「新しいことをしたい。もっと学びたい」などの気持ちが人より強いようです。また人からは「○○さん、変わっていますね」などとよく言われますが、このタイプの人にとっては、それが褒め言葉になるようです。

五つ目は「安心の欲求」です。この欲求が大きい人は、安心、安定を求め、人からは「大丈夫だよ」と言われると安心するようです。この「五つの欲求」を自分に当てはめてみて、「なるほど当たっている」と感じました。私は「承認の欲求」「自由の欲求」「挑戦の欲求」の3つについては強いこだわりを持っています。しかし、愛情や安心の欲求については、淡泊な方です。

つまり、「人から愛されたい」とか、「安らかな生活を送りたい」という気持ちより、「自分を向上させたい」とか、「自由でいたい」「良い仕事をして人から認められたい」という気持ちを強く持っています。そして、「鳥居さんは他の人と違う」とか「変わった人だ」と言われると、なぜか嬉しくなります。

一方、このような私に対して「安心の欲求」や「愛情の欲求」を最優先している方もおられることでしょう。人のタイプは様々ですから、自分の価値観を人に押しつけたり、自分のものさしで人を計ったりすることはトラブルの元になることでしょう。
この「五つの欲求」をいつも頭においておくと、相手をよく理解できるとともに、お互いを認め合う関係が生まれるのではないかと感じました。

第195回 人類にとっての「奇跡の一万年」とは?

私は出張のついでに青森県にある三内丸山遺跡に行ったことがあります。そこに行って驚いたことは、そのころの縄文人は、とても豊かな生活を送り、平和に暮らしていたということです。その縄文時代は何と一万年以上も続きました。日本にある縄文の遺跡は、数千ヶ所もあります。そのころの海外にある遺跡では、武器や戦って死んだ人の痕跡が残っています。

しかし、縄文時代の遺跡には、そのようなものは一切出土しないのです。食べ物も、海草、アワビ、魚などの海のものや、ウサギなどの小動物をふんだんに食べました。また、栗の木をたくさん植え、栗の実も常食していたようです。

このように、日本の縄文人は皆仲良く暮らし、争って殺し合うということをしませんでした。これは、世界に類を見ないことのようです。その後の日本では、第二次世界大戦で敗戦するまでは戦いの連続でした。現代人と縄文人では、何がどう違うのか、とても興味深いものです。

第194回 ヤバいの語源

「ヤバい」という言葉は、本来「危ない」という意味を表します。それが今では「このケーキ、ヤバい!」などのように使われ、「おいしい」という意味まで持つようになりました。では、その「ヤバい」の語源は何なのでしょうか。

1つ目の説は、「厄場(やくば)」から転じて「ヤバ」になったというものだそうです。厄場とは、江戸時代に犯罪者を収容する牢屋のことです。そこで、「やくば」という言葉は、「牢獄へ入れられるような危ない橋を渡る」という意味で使われ、それが「ヤバい」になったようです。

2つ目の説は、江戸時代に庶民が的当ての矢で遊んだ、遊技場である「矢場(ヤバ)」からきたというものです。そこで働いている人は、矢を回収するときに危険が一杯でした。そのため、危ないことを「ヤバい」というようになったとのことです。

さて、「危ない」という意味を表す言葉が「おいしい」という意味も表すとは、驚きです。江戸時代の人々もビックリすることでしょう。

第193回 ジェネレーションギャップ

(有)志緑塾代表の大谷由里子さんの講演のダイジェスト文を読んでいて、「なるほど、今の若い人とは、このようなジェネレーションギャップがあるのか」と驚いたことがあります。

例えば「電話による通信」がそうです。私たち60代の若い頃は、電話による通信といえば、黒電話による通信でした。友人と話をするためにその家に電話をかけると、まず友人のお父さんやお母さんが電話に出られました。そこで、少々のやりとりがあって、次に友人に取り次いでもらいました。そこでは否が応でもあまり知らない人と会話することが余儀なくされ、とても緊張したものです。

ところが、今の若い人は幼い頃から携帯電話のやりとりが中心ですから、そのような体験はほとんどないことでしょう。携帯電話では、いきなり話したい相手と直接しゃべることができるからです。
ですから、今の若い人が「電話を通じて見ず知らずの人と話す」というトレーニングができていなくて当然といえます。

そのような体験を積んでこなかった若者が会社に入り、会社の電話が鳴ったとします。そこで先輩が、「おい、○○君、その電話取ってくれ。」と頼んだとします。するとその若者は「えっ、取っていいんですか?この電話、非通知ですよ。」というような笑い話も生まれるそうです。

このように、平成生まれの若者と40歳以上の年代の人間には、ベルリンの壁くらいのジェネレーションギャップがあるそうです。大谷さんが自社でインターン中の学生さんにその話をしたそうです。するとその学生さんは、「大谷さん、ベルリンの壁って何ですか?」と聞き返したそうです。ベルリンの壁の崩壊は1989年で、その学生さんの生まれる前の出来事です。大谷さんは、「ここにもジェネレーションギャップがあったのか。」と驚いたそうです。

今現在、私自身は10代や20代の若い人と話す機会がほとんどありません。一度是非若い人といろいろな話をしたいものだと思いました。

第192回 もののはじまり

国語のテキストを作成するにあたって、できるだけ面白い文章を作るようにしています。そのために『もののはじまり』〈ひかりのくに〉などの本も参考にしています。その本を読んでいると、いろいろ興味深いことが載っていて勉強になります。

例えば、「プール」です。日本の学校プールが最初にできたのは、1916(大正5)年だそうです。それは、今の大阪府の府立茨木高校の生徒たちが協力し合って工事を行い、半年かかって完成させたそうです。当時の高校生たちは、とても自主性が高かったのかもしれませんね。

また、今、多くの学校では始業時に「キンコンカンコン♪」というメロディーが流れます。これは「ウェストミンスターの鐘」という曲名で、イギリスのロンドンにあるウェストミンスター宮殿の時計塔が奏でる曲です。以前、学校では始業の合図はブザーやサイレンでした。それがこの曲に変わったのは、今から約50年前、私が中学生の頃だったと思います。

さて、私共の会社のすぐ近くには、同志社女子中学があり、朝の始業時にはこのメロディーが聞こえてきます。それを聞く度に、私は中学生の頃を思い出します。